2009年8月23日 (日)

ワイン・セミナー(白ワイン特集)に参加すること

 昨日、本町の「わいん家」さんで開催されたワイン・セミナーに参加して来た。
 初めて参加した先月の「スパークリングワイン特集」が余りに楽しかったので、今回は友人も誘って2名での参加――そう。実は前回は、一人で参加したのである。友人は驚いていたが……「わいん家」さんは、以前から私が「一人でも入れる」数少ないお店の一つでもあったから、多少の緊張はあったものの、案外、平気であった。(その帰途、心持ち良くふわふわと心斎橋筋を南下していて……段階的に酔いが醒めて行ったお話は、既に書いた通りである)
 今回の参加者は30名位で、前回同様、圧倒的に女性の姿が多かった。
 大体に於いて、まだまだ初心者以前である私の舌など、赤玉ポートワインと大手メーカーのブレンドワインと勝沼のワイナリーなどのワインが「明らかに違う」こと位しか判らないし、どうしても辛口よりも甘口、赤より白の方を好んで飲んでしまうのだが、こうした催しでは、普段は余り出来ない「飲み比べ」を、お料理との相性も考えてしっかりと選定された銘柄の数々で試すことが出来、とても楽しくて美味しくて気分良くて発見が多くて勉強になる。
 最近、特に興味を覚え始めているのが、「お料理によって味わいが変化する面白さ」である。通の方には当然過ぎることかも知れないが、以前は、普段から何の抵抗もなく飲んでいた白ワインが、お刺身などを食べながら飲むと、途端にお魚の生臭みが倍増してしまうように感じたことがあった程度で、その辺りが「お料理に合う・合わない」ということなのかな……位に、漠然と考えていた程度であった。
 しかし、ここのお店で実際に飲みながら教わった中で、特に興味深く感じたのは、お料理を口にする前と口にした後で「ぽーん、と味わいが変わる」ワインがあることである。勿論、お料理を食べる前と後とで余り味わいが変わらないように思えるワインもあるのだが、赤ワインであれば、お肉料理を食べてから飲むと渋みが増してよりお肉に合うように感じたり、白ワインであれば、貝柱のお料理を食べてから飲むと急に香ばしさが加わったように感じたり――といった、味わいの変化の面白さを知って、また素人なりのワインへの興味が強まってしまった。
 まだまだ「初心者以前」ではあるけれども、ここへ来て、ちょっぴり自分なりに広がり始めたように思うワインの世界――更に楽しく美味しく広げて行けたら良いなと思う。

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2008年9月15日 (月)

奈良漬を使った新しいお菓子に思うこと・下

 もし、奈良大和路のお土産として、何か新しい“味”や“記念品”を考えてみるように言われたとしたら……。私の場合は、自分も買ったり食べたり飲んだりしたくて、かつ、奈良観光に来てくれた知人にも必ず勧めたくなるような品を、あくまで冒険のない“無難路線”で、考えてみるかも知れない。
 小学3年生の時、社会の授業で習って覚えた記憶がある名産・特産を思い出してみると……。差し当たって代表的とされているものは、奈良漬、大和茶、奈良いちご、奈良すいか、あられ酒、墨、筆、奈良うちわ、赤膚焼、一刀彫……等であろうか。ビニールの鹿の玩具や奈良絵の製品なども含まれるだろうが、柿の葉ずしや柚べしは、厳密には少し遠方の名産と考えることにして……。
 奈良漬は、先に述べたフリーズドライの「奈良漬茶漬」や「奈良漬おにぎり」、奈良いちごは、ゼリーやソフトクリームやババロアなど、お菓子類への応用範囲が広そうである。奈良すいかは、炭酸水やシロップを加えてパンチにしてみたらどうだろうか……。矢張り、素人の頭では、単純かつ無難な線のものしか考えつかない。
 昔、あれば欲しいなと思ったことがあるのは、ミニサイズの奈良うちわと、同様の透かし彫り模様が入った扇子、ランプシェードなどであったが、これは、非常に高度な特殊技術が必要なものであるから、実現は難しいかも知れない。
 ビニール鹿のミニチュアが携帯ストラップになれば、「可愛い」流行りのご時世であるから、女子中高生が競って買いそうな気がするし、大人は郷愁も手伝って全色揃えたくなるのではないかと思う。
 地酒やあられ酒の他に、奈良いちごのリキュールがあっても良さそうである。また、それらを使った「大和路カクテル」シリーズなど、どうであろうか。意匠を凝らした小さめの缶や瓶に詰めて発売すれば、若い世代に案外歓迎されるのではないか。県内産の果実類(柚子、梨、葡萄など)を総動員して、様々な風味と色あいが楽しめるものを創造して欲しい。
 更に、そうしたカクテルには、是非、古代歌謡や万葉集などから取った、如何にも大和路らしい風情溢れる名前を付けて貰いたい。例えば、思いつくままに並べてみると……まほろば、いにしへ、しきしま、まそゆふ、しろたへ、とぶひの、こもりく、そらみつ、みよしの、わだつみ、とこをとめ、あをによし――想像するだけでわくわくしてしまうのは、私だけだろうか……。

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2008年9月14日 (日)

奈良漬を使った新しいお菓子に思うこと・中

 私は、昔から「ミス・マッチ」という言葉がどうにも好きになれない。多分、ミスでありながらも一種の成功であるかのように認めているように見えながら、一方で、どこか底意地悪く冷笑している感じがしてならないからであろうと思われる。ある組み合わせの結果が“マッチ”しているのであれば、それは成功であって、断じて“ミス”ではないだろうし、逆に“マッチ”していなければ、それは失敗であり“ミス”である筈である。
 人にはそれぞれの好みというものがあるから、「奈良漬サブレ」や「奈良のアイス奈良漬クッキー入り」を“ミス”であるとまで言うことは出来ないが、更により良く「合った(=マッチした)」新製品を開発することも出来るのではないだろうか。
 いや、むしろ、奈良漬の場合は、それだけで既に完成された伝統ある食品である訳なので、新製品を作る為の素材として使うことばかりを考えなくても、それが「お漬物」であることをまず大前提に据えて、奈良漬そのものの美味しさを新しい切口で楽しめるような商品を工夫する方が、返って成功に繋がるのでは……と、素人なりに思う。
 折も折、久し振りに行ったわいん家さんで、素晴らしい一品に出会った。「カマンベールチーズの奈良漬」である。早い話が、奈良漬を漬ける酒粕の床に漬けたカマンベールチーズなのだが、これが実に美味で、ワインによく合い、恐らくは日本酒にも合うのでは……と思えるような逸品であった。
 組み合わせさえ適切であれば、あんな洒落た奈良漬も作れる訳である。少し発想を変えてみるだけで、その世界は更に広がるのではないだろうか。
 そう言えば、ずっと疑問に感じているのだが、みじん切りにしたフリーズドライの奈良漬は、私の知る限りでは、まだ発売されていないようである。大和茶の顆粒粉末を加えれば、ごはんに掛けてお湯を注ぐだけで食べられる即席の「奈良漬茶漬」になるだろうし、炊きたてのごはんに混ぜて握れば、簡単に奈良漬おにぎりが作れて便利そうであるのに……。
 奈良漬同様、奈良の朝食に欠かせない代表的な郷土料理と言われる茶粥も、まだ商品化されていないように思う。例えば、レトルトパックの茶粥など、あっても良いだろうに、まだ見たことがない。温めるだけで簡単に味わえる奈良の味だと思うのだが……。同様に、フリーズドライの茶粥もあれば面白そうである。郷土色豊かな非常食としても、便利に利用出来そうなのに……。

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2008年9月13日 (土)

奈良漬を使った新しいお菓子に思うこと・上

 少し前に、妹がかなり珍しいお菓子を買って来た。「奈良漬サブレ」と「奈良のアイス奈良漬クッキー入り」である。県下の国立女子大学との産学共同開発による、新しい奈良名物らしい……。
 初めて商品名を耳にした時に抱いた印象は、失礼ながら「ほんまの話か!?」であった。一県民として、奈良漬には幼い頃からごく自然に親しんではいるものの、熱いごはんや茶粥やお茶漬と共に戴くのであればともかく、これが甘味と、それも洋菓子の類と結びつくとは……ただでさえ頭の堅い私には、容易に想像出来なかったのである。
 甘いものと塩味のものを上手く組み合わせた例としては、「レーズン&バター」や「紫野」や「ざらめ煎餅」といった品々を知っているし、案外、想像の域を越えた意外なニュー・ハーモニーが実現しているのかも……と、思い直しつつ、さりとて、ごく普通に考えて、奈良漬とサブレ、奈良漬とバニラアイス、という組み合わせが、果たして「美味しい」と感じられるのだろうか……という、素朴な疑問も拭えない……。
 ともあれ、歴とした商品として販売されているからには、思いのほか美味なのかも知れない。批判は食べてからにしよう……と、意を決して、まずは、細かく刻んだ奈良漬を練り込んで焼いたサブレから食してみた。
 結果――素人の舌の素直な感想としては、決して不味くて食べられない訳ではないが、練り込む材料が「どうしても奈良漬でなければならないと言う理由」が、どうにも良く解らない感じ……であった。
 アイスは、更に困惑の一品であった。普通のバニラアイスの中に、砕いた奈良漬サブレを練り込んであるのだが、アイスクリームとサブレが先に喉を流れて行った後、奈良漬の粒々だけが、置いてけぼりを食ったように舌の上に残り……何だか、バニラアイスを食べた後で、みじん切りの奈良漬を口に入れたみたいな感じ、とでも言おうか……おぜんざいを食べながら塩昆布を摘むのとはまた異なり、どうにも、合っているようには思えなかった。
 新製品の開発に冒険は付きものであろうし、万人に好まれる風味を創り出すことは、何に限らず至難の技であると思う。が、しかし、これは、少々「取り合わせが難しいもの同士」に過ぎたのではないだろうか。
 せっかく苦心して開発された品々ではあろうが、「もう一回、買うてまで食べたい程やないなぁ……」という感想に落ち着いてしまったのであった。

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2008年6月 8日 (日)

名言・「食欲のない☆沢は角を忘れたひつじの如し」

 決して、ここ2週間もの間、雑記をさぼり続けていた言い訳ではないのだが……実は、少し前から胃の調子がおかしく、やっとこの1週間ほどでほぼ元に戻ってくれた感じである。まぁ、仕事を休んだり病院に行ったりしなければならない程にまでは症状がひどくならなかったのが幸いではあったのだが。
 遡れば、4月に引き込んだ例の風邪を何とかライブまでに抑えようと、久し振りに新薬を続けて服用(と言っても、服み慣れた「ルル」を用量用法通りに服んだだけであったが……)した辺りから始まっていたのかも知れないのだが、何と言うか……遙か昔に胃痙攣を起こした後、暫く続いた「胃が筋肉痛を起こしたような嫌な感じ」が、少なくとも1週間強は続き、その間、食欲がなかったこともあって、三食を「白粥・梅干・胃腸薬」で過ごした。
 この、普段から自他共に認める「ひつじレベルに食い意地の張った」私が、お昼ごはんもレトルト粥や梅干にし、おやつも辛抱している姿は、周囲の目にも些か(いや、甚だ)奇異に映ったらしく、同僚という名の若いモンらからは「ダイエットと違うんですね? 無理しはったらあきませんよ」「あの食べっぷりが見られないと、何か寂しいです」と案じて貰い、上司からは「本当大丈夫ですか? 食欲のない☆沢さんは角を忘れた羊みたいで心配です!」というメールまで届いた……。(つくづく……理解ある上司とスタッフに恵まれている私である)
 そんなこんなで、卵豆腐やヨーグルトや豆乳、ゼリー飲料やりんごジュース、更にはお蕎麦や野菜ジュース等を経て、その甲斐あってか、現在では、何とか普通のごはんが食べられるまでに回復した。そうして、喜んで良いのか悲しんで良いのか、体重が多少(いや、かなり)落ちてしまった。元々、人生で一番丸くなっていたとは言え……計画的に摂取カロリーを抑えたり、頑張って運動したりして、その努力の結果としてであればともかく……食べたいのに食べられず、結果的に減っただけであるので、折角の朗報(?)も、実は余り嬉しくはない。しかも、自分では全く実感はないのだが、見た目の身が減ったのは確からしく、上司からも同僚らからも「痩せた」と言われる……。
 うーん……。「痩せたね」と言われて、冗談にでも「はい、恋わずらいで……」何て、一度は言ってみたいものであるが……まぁ、言った所で誰にも信じては貰えまいから、なぁ……。

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2008年3月15日 (土)

ひつじ好みクリームシチュー・クレア風……?

 久し振りにクリームシチューを作った。とは言え、まだ寒さの残る先週末のことである。
 事の発端は……何のことはない。母が大量に買い置きしていた雪印の6Pチーズが、冷蔵庫の中でカチカチに固くなり果てていたことにある。無論、少しずつはおろして粉チーズにしながら使っていたものの、到底使い切れる量ではない上に、あの固い代物を一個ずつチーズおろしで粉にして行く作業は結構疲れるし、そのうち良い加減飽きて来る。で、「いっそ、寒い間にシチューに放り込んで大量消費してやろう」と思い立ったのである。
 使い方も非常に適当に、冷凍庫にあった薄切りのお肉をお鍋に入れて炒めてから、お水を入れて人参を入れた後、気前よく一箱分をぽいぽい放り込んで茹でる。次いで馬鈴薯を入れて玉葱を入れて、ぐつぐつ。色合い的にはブロッコリーなんかも入れた方がきれいだったかなぁ……何て考えつつ、適宜、アクと一緒に油分も掬いつつ、人参が普通に柔らかくなった時点でとろ火にしてルーを溶かす。このルーも、買い置きしてあった「クレアおばさんのクリームシチュー」……途端にひつじがおへそを曲げてしまった。「何だよ~、ぼくのクレア☆をおばさん呼ばわりするなんて~」――せやから、あんたとこの奥様のことと違うわい!! つくづく扱いにくい奴である……。
 さて、肝心のシチューであるが、大量に加えたプロセスチーズの影響か、はたまたルーの塩分も強めだったのか、途中でお味見してみると結構塩辛くなってしまっていたので、仕方なく別鍋で無塩のホワイトソースを濃いめに作り、これを加えて完成――結局、「こんなん、最初っから市販のルー使わんでも良かったのでは……?」と、甚だ疑問の残る仕上がりとなったのではあるが……お味の方に関して言えば、チーズのお蔭で思いがけずしっかりとコクが出て、適当に柔らかくなった溶け残りの6Pチーズも、最初からの具の一部のような顔をしてしっかり存在を主張。まるでグラタン一歩手前の様相を呈する(?)出来がりとなった。まぁ「美味しければ良い」訳であるから、良しとすることにする。
 ひつじの奴はと言うと、しっかり蹄にスプーン持って、お鍋ごとお味見して「う~ん……ちょこっとだけ、クレア☆の拵えてくれるシチューに似てる……かも?」何て呟きつつ、そこそこご満悦の様子である。をい、あんまりそういうことばっかり言うてると、そのうちラムシチュー拵えてやるからなっ!!

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2007年11月16日 (金)

一つ覚え料理シリーズ・その五「もずくと胡瓜の酢の物」

 海藻類は昔から結構好きである。わかめのお味噌汁や若竹汁、とさか海苔のサラダ、寒天ゼリー、昆布巻き、塩昆布、味付海苔、海苔の佃煮など、普段から結構食べているつもりである。
 特に、乾燥わかめは手軽に使えるので、常備しておいて麺類にも入れるしサラダにも入れる。職場にも一袋置いて、お昼に即席のお味噌汁などを作る時に多めに入れたりしている。以前、漫画家のあずみ椋さんが、夜食のラーメンに更にわかめを一パック入れ、作画の仲間に「青みどろラーメン」と言われた……という挿話を読んだことがあるが、その時の「ほっといて。わかめは体に良いんだ」というあずみさんの台詞が、お味噌汁などに多めにわかめを入れて食べようとする度に、何故か今なお脳裏に甦って来る。
 乾燥させた海藻類と同じく、生のもずくやめかぶなどもよく食べる。特にもずくは、三杯酢漬けのパックを特売の日に必ず買って来て、胡瓜と一緒に殆ど毎日のように食べている。
 これはもう、料理とは言えないかも知れないのだが、とにかく作り方を書いてみると――。胡瓜を板ずりして薄い輪切り(我家では「ざくざく切り」と呼んでいる)にし、深めの器に入れて、上から三杯酢もずくを加えて軽く混ぜる。これだけである。もずく自体が既に三杯酢に漬けてあるから、新たに調味料を足す必要もない。
 酢の物を盛る時は、内側に絵付のある器は避けた方が良いと読んだことがあるので(顔料が酸で溶け出すことがあるらしい)、専ら内側の白い電子レンジ使用可の器を使い、ラップをして冷蔵庫に入れて保存する。これを次の週の特売日までに食べ切り、また胡瓜ともずくを特売で買って来て同じように作る。その繰り返しである。時にはちりめんじゃこを加えたりもする。お刺身用の蛸やイカなどを入れることもある。量的には、胡瓜3本にもずく3パックである。最近では、樹脂の蓋が付いた耐熱ガラスの器に入れて保存するようにしている。ラップを使った場合と違い、冷蔵庫の中で重ね置きが出来るし、中身も見えるので重宝である。
 海藻類はコレステロールの吸収を抑えて血をきれいにしてくれると言うし、こういう形で毎日必ず食べられる一品を作っておけば、まず食べ忘れることもない。次の目標は、乾燥もずくを買って来てもどし、自家製の三杯酢で同じ料理を作ることである。目下は、行動範囲で乾燥もずくを扱っているお店を物色中である。

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2007年11月15日 (木)

「これさえあれば何にもいらない」という食べ物のこと・追記

 赤かぶ漬で思い出した、ちょっと情けないお話を一つ……。
 少し前に、本町の総合卸のお店で、着色料と保存料を使用していない赤かぶ漬を見つけて買って来た。
 そもそも赤かぶ漬と言えば、最初に飛騨高山へ旅行した時、お土産に買って帰った無着色無添加のものが好評で、以来、我家の食卓にもよく上るようになったのだが、せっかく残してあった栞(製造元の名前や住所が印刷されていた)を、母がごみに紛れさせて捨ててしまったらしく、高山を再度訪れた時にも同じものを捜し当てることが出来ず、以来、スーパーなどで「赤かぶ漬」の袋を目にする度、原材料表示を確かめては、出来るだけ添加物の少ないものを選ぶようにして来ている。
 赤かぶ漬には、着色料も調味料も保存料も必要ないと思う。家で素人が糠漬にするだけでも、見事にきれいな赤色に漬かる上に、独特のしっかりした風味を持ち、大抵は早々に食べ切ってしまう赤かぶに、わざわざ合成着色料やら化学調味料やら合成保存料やらを添加する必要があるのだろうか。
 さて、その「少し前に買った赤かぶ漬」である。無着色ではあるが、全くの無添加ではないので、外装の原材料名には「調味料(アミノ酸等)」何て表示もあったりしたのだが、それはひとまず横に置いておいて、久々に見つけた嬉しさも手伝い、自分でもそれと判るほど「いそいそ」と切ってお鉢に入れて、お茶碗に白いご飯を多めによそって、るんるんるんと心弾む思いで無心に戴き始めたのであるが……。
 ふっと我に返ると……何故か、実写版の『仮面の忍者赤影』の主題歌を口ずさんでいる自分に気がつき、次の瞬間、微妙に固まってしまった。私にしては珍しく、アニメ版の方ではなくて実写版の方であったのだが、幾らなんでも、これでは坂口さんにも牧さんにも金子くんにも失礼過ぎる。
 大体が、共通するものなど「飛騨」と「赤」くらいではないか。何でまた、選りに選ってこんな連想を……と、自らの想像力の突拍子なさに呆れ果てつつ、それでもなお、赤影さんが赤かぶ漬なら、白影さんは白菜漬で、青影くんはお茄子の漬物になってしまう……何て、同時進行で考えていることに気づき、更にどっと脱力してしまったことであった。

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2007年11月14日 (水)

「これさえあれば何にもいらない」という食べ物のこと・後

 もう一つ思い浮かべた「トマトのサンドイッチとミルクティー」は、どの辺りから来たものであるのか、ちょっとよく思い出せない。ただ、サンドイッチの具で一番好きなものは今もトマトであるし、紅茶の好みもレモンティーよりミルクティーである。ケーキなどの甘いお菓子と一緒に飲む時には、ミルクだけか、何も入れずに飲むことが多いが、サンドイッチと一緒の時には、蜂蜜やお砂糖も入れたい気がする。
 サンドイッチと言えば、私にとって最も思い入れの深い特別なそれは、宝塚にある「ルマン」さんのサンドイッチである。今は花のみちのビル内にもお店が出来ているそうなのだが、私の記憶にあるのは、宝塚南口駅前にあるショッピングビル「サンビオラ」一階の、ケンタッキー・フライドチキンの隣のお店である。
 このお店を教えて下さったのは、第三期黄金時代に《歌劇》への投稿がきっかけで知り合うことが出来た12歳年上のペンフレンドのお姉さんであった。遠く川崎市から観劇に来られた際に開拓されたのだと言う。軽くトーストした厚切りの食パンにたっぷりの具を挟んだサンドイッチは、どれも美味しくて選ぶのに迷ってしまうが、その中でも私が特に好きだったのは、新鮮なトマトとホワイトアスパラが印象的な「スペシャル野菜サンド」(という名称であったと記憶する)であった。尤も、当時は二回公演のある日祝日に行って二回とも観るのが常であったから、宝塚大橋を渡り切った所にあるサンビオラのお店まで足を運ぶのはなかなか至難の技であったが、後に、南口の駅で伯母と待ち合わせて観に行くようになってからは、お弁当に必ずこの野菜サンドを買って持って行き、幕間の時間に食べるようになった。
 何年か前、小林に住む友人と宝塚で会った妹が、「ルマン」の野菜サンドをお土産に買ってきてくれた。これは、花のみちにあるビルの2階のお店で買ったということであった。紙箱の中に硫酸紙を敷いて納められた涙が出るほどに懐かしいそれを、大事に大事に賞味してみたら……矢張り、昔のままの美味しさであった。
 ただ、自家製のサンドイッチを作る場合を考えてみると、いつも一番苦労するのがトマトのサンドイッチなのである。どうせなら完熟の真っ赤なトマトを使いたいのだが、薄切りにするのと水気を切るのがどうしてもうまく行かない。どなたか、何か良い方法をご存じないだろうか?

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2007年11月13日 (火)

「これさえあれば何にもいらない」という食べ物のこと・前

 卒業してすぐ勤めた広告代理店で、直接の上司であったプロデューサーの女性から、「これさえあったら、他に何にもいらない、っていう食べ物、ある?」と聞かれたことがある。その上司は「私は、トーストとコーヒー!」だということであった。
 今でも覚えているのだが、その時、まず私の脳裏にぱっと浮かんだものは、「茶粥と酸茎漬」、次いで「トマトのサンドイッチとミルクティー」であった。随分変わった奴だと思われただろうか? しかし、事実なのであるから仕方がない。
 多分、上司の挙げた食べ物が朝のメニューを思わせるものであったので、その頃、朝食によく食べていた中で好きなものをまず思い浮かべたものであろうと思われるが、それにしても、茶粥と酸茎漬と言えば、奈良と京都を代表する郷土食であるから、これほど我家の食卓の特色をよく表わした取り合わせは他にない。
 尤も、酸茎漬は結構高価なので滅多に食卓には上がらなかったが、代わりに日野菜漬や赤かぶ漬がよく出た。で、程よい独特の酸味が特徴となっている根菜類のお漬物が好きな私は、そういうお漬物がある時は、毎朝、小ぶりの羽根釜で炊く茶粥を、ついつい二杯三杯とお代わりしていたものである。因みに、酸茎漬や赤かぶ漬や野沢菜漬や奈良漬や沢庵漬や紀ノ川漬やしば漬やザーサイ漬などはお店で買っていたが、日野菜、壬生菜、小松菜、白菜、大根葉、大根、蕪、茄子、胡瓜、二十日大根……といったものは、全て糠漬や塩漬にしていた。していた――と過去形なのは、この夏、あの厳しい暑さのせいで糠床を駄目にしてしまったからである。まぁ、最近は、毎年糠床を作り直す方が健康の為に良いと言われているようなので、春になったらまた挑戦しようかなぁ……と考えている。
  しかし、考えてみると、最近はお粥と言えば白粥を炊くことが多く、茶粥の出番が激減して来ている。何やかや言って結局、茶袋を洗うのが面倒なので、やかんで湧かした番茶や焙じ茶をそのまま使って炊いたりしていた時期もあったが、ここの所はそれさえもさぼって、本当に白粥ばかりである。
 せっかく思い出したことでもあるし、これは、ひつじの啓示であると素直に理解して、この週末にでも久し振りに茶粥を炊いてみようかと思う。番茶も焙じ茶も茶袋もとうに揃っている。炊く「気」も湧いている。後は、酸茎漬か赤かぶ漬の美味しいものを早急に買って来なければなるまい。楽しみである。

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2007年11月10日 (土)

ヌーヴォーの季節に胸を駆け巡るひつじ的なるふわふわ妄想

 昨日の夕刊に、今年のボージョレ・ヌーヴォーの輸入が始まり、初荷が関西空港に臨時便で到着した――という記事が載っていた。解禁日は15日になるそうである。私は決して飲んべーではないし、赤ワインよりも白ワイン(それも甘口)の方が好きな人間であるが、こういう平和な話題を目にすると、何とも言えずほっと出来るものがあって嬉しい。
 昔、聞きかじった知識では、ブルゴーニュ地方のボージョレ地区で造られたガメイ種の赤ワインの新酒をこう呼び、解禁日は11月の第3木曜日に決められていて、日本では時差の関係で世界で一番早く飲むことが出来るので有名になった……ということであった。
 しかし、これにうちのひつじが絡んで来ると……。

 舞台は天上界なる星の女神さまの別荘。例によって例の如く、うすむらさきふわふわひつじ(多分、肩のりサイズ)が、お茶などお呼ばれに来ていらっしゃる養い親のガルシアさんの所へふうわりふわりと飛んで来る……。
ひつじ「ねぇねぇ、見てみて~☆ 秋の新作~☆」
ガルシアさん「何だい、いつもと大して変わらないじゃないか」
ひつじ「あーっ、かーちゃんてば失礼なんだ~。せっかくのボージョレ・ヌーヴォー染めなのに~」
ガルシアさん「……お前、まさか、地上のボージョレ地区にお邪魔虫して、監禁日前にヌーヴォーの樽に落ちて来たのかいっ!?」
ひつじ「うんっ☆」
ガルシアさん「(どごっ!!)お~前~は~っ!! 人の世の掟も守れずして、テミスの娘婿が勤まるか~っ!!」
ひつじ「あ~ん、クレアぁ、かーちゃんがいぢめる~☆」
クレア「あらあら、兄さまったら……」

 幾ら気に入っている色だからとは言え、相も変わらず赤ワインの樽に落ちては毛皮をうすむらさき色に染め続けているひつじもひつじだが、たかだかフランス政府の決めたごく平和な法律を「人の世の掟」呼ばわりするガルシアさんもガルシアさんである。
 しかし……それ以上に、ボージョレ・ヌーヴォーの記事を目にして思わず、こういう「人様とは絶対に異なる想像(妄想?)」を瞬時に巡らせてしまう私も私である……。

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2006年11月 6日 (月)

落ち着いて「虹のかけら」のお味見すれば……

 さて、既に書いたように、長崎堂さんの「クリスタルボンボン」には、白、ピンク、水色の三色があり、それぞれに異なる洋酒(コアントロー、マラスキーノ、アニゼット)を使った風味づけがなされている。
 この「虹のかけら」には、ピンク、薄紫、薄緑、白、の四色があるので、これもきっと、それぞれに風味が異なるに違いない……と、帰宅して包みを解いて、とりあえずその場の勢いで文を書いて、アップして落ち着いてから、逸る心を抑えつつ、ゆっくり一色ずつ味わってみると……想像通り、それぞれに、ペシェ、バイオレット、ペパーミント、といったリキュールの風味が感じられて、また感激を新たにしてしまった。色あいからの単純な推測とは言え、結果がぴたりと当たっていると、何とも言えず嬉しい気分になってしまうものである。
 しかし、一番あっさりと癖のない上品な甘さが魅力の白いかけらが、さて、何という洋酒で風味づけしてあるのかが、さっぱり判らない。常に主張し続けているように、決して飲んべーではない私は、リキュール類の種類もお味もそんなに多くは知らないのである。
 こんなことなら、店頭で試食させて戴いた時に、「良ろしければ、もっと他の色のもどうぞ」と勧めて下さった店員さんの言葉に遠慮なく従って、引き続きピンクや薄紫のかけらのお味見もすれば良かった。ああいう時こそ「ひつじになるべき」なのかも知れない。そうして、「あ、これ、桃のリキュールの味ですか!?」「こっちはバイオレットでしょうか?」「ペパーミントですね。すーっとしますね」何て楽しく盛り上がり、ついでに「そしたら、この白いのは、何のお味なんですか?」と、その場で質問すれば良かったのである。いや、加えて、あの「クリスタルボンボン」の栞の裏にある詩の作者や筆の主についても、直接尋ねてみれば良かった……。
 この次、長崎堂さんを訪れる時には、それこそ三度目の正直で、ボンボンの栞の件と、白いかけらの風味の件とは、忘れず取材して来よう。
 そうして、次なる段階では……矢張り、喫茶室にあるという“スミスさんのオルゴール”に、是非とも一目会ってみたいものである。

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2006年11月 5日 (日)

もう一つの“夢のお菓子”「虹のかけら」のこと

 先々週、憧れの長崎堂のボンボンこと「クリスタルボンボン」を手にした際、実はもう一つ、非常に気になったお菓子があった。ボンボンの隣に陳列されていた、その名も「虹のかけら」という一見ゼリー菓子風の品である。色水晶を砕いて一口大のかけらにしたようなお菓子で、へぎ板を曲げて銅の鋲で留めた円形の容器に入っていた。その時は、やっとボンボンが買えた興奮で少々のぼせ気味でもあった為、「あ、あんなんも置いてはる……」と感じた程度であったものが、帰宅してボンボンを開封し賞味し文を書いた後になって、「あ、そう言えば……」と思い出し、無性に気になり始めて来たのである。
 第一「虹のかけら」という名前からして、妙に心おどるものがある。それは勿論、あの田辺聖子さんの『手づくり夢絵本』(講談社文庫刊)の中で紹介されていた「夢のかけらゼリー」のイメージから来る憧れである。寒天やゼリーは、お聖さんが少女の頃に最初に自分で作ったお菓子であったという。食紅でピンクや赤に染めたゼリーを作り、赤いゼリーを「ルビーをたべるんだ」と思いながら食べた、という件りが自分自身の経験とも重なり、「どうかしてガラスのかけら、というふうにしたくてセロファンに包んで冷やすことを夢みました」という文も印象深く残っている。そうしてもう一つ、宝塚歌劇昭和五十三年三月月組公演『マイ・ラッキー・チャンス』の舞台で、榛名由梨さん・瀬戸内美八さん・順みつきさんの三人が歌われた挿入歌「涙の向こうに」の、歌の途中に入る台詞「虹のかけらを拾いに行こう/虹のかけらはラッキー・チャンス!」も思い出される。矢張り、私が心惹かれるものには、いずれも「どこかで繋がっている」所があるらしい。
 で、今日、本町に行った帰り、またもやヨーロッパ通りに寄り道して、買い込んでしまった。前回もお会いした快活な若い店員さんが試食も勧めて下さり、白いかけらを一つ、つまんで口に入れる。お茶席で出るこはくのように、さくりと心地良い歯ざわりに続いて、あっさりとした上品な甘さが広がり……もう、一瞬でファンになってしまった。
 蓋には、淡い水彩で描かれた虹の絵と共に、銀の文字で商品名と「虹をわって とびちった かけらです きららと ひかる 虹いろは ゆめのいろ」の文がある。ボンボンの栞の詩と同様、何ともロマンチックな趣向である。
 また一つ、私の“夢のお菓子”が増えてしまった。

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2006年10月21日 (土)

憧れの「長崎堂のボンボン」のこと

 十数年前、『田辺聖子の味三昧』(講談社刊)を読んだ時から、無性に憧れ続けていた「長崎堂のボンボン」を、今日、やっと手にすることが出来た。心斎橋のヨーロッパ通りにある「長崎堂」さんで販売しておられる、見た目も風味も極めて繊細上品な砂糖菓子である。正式名称は「クリスタルボンボン」らしい。
 大人しげなピンク地の外箱に明るいピンクのリボンが結ばれ、楕円形の中箱は白地に金の縁取り――いずれも、あの本で見た写真そのままである。そうして、外箱にも中箱にも、夜空を見上げるドレスの少女の後姿を描いたシールが貼られている。写真ではそこまで気づかなかったので、また新たな感激に包まれてしまう。栞の裏の原稿箋に「シャーロットは 見ている ひかりのように 水のように スノードロップ」とあるので、彼女の名前は“シャーロット”らしい。(一瞬、うちのリリーちゃんの十年後の姿に見えてしまった……)
 そろそろと封シール(これも、白地に金縁のリボン風)を外して、どきどきしながら中箱の蓋を取ると、さながら夢の宝石の小粒を思わせるような白とピンクと水色の可愛いボンボンが……。長年抱き続けて来た期待の通りである。その、真珠くらいの大きさの丸い粒は、一見素朴な外見であるのに、何とも繊細な気品と優雅さに溢れていて、どんなに由緒あるボンボニエールに移したとしても、何ら遜色なく溶け馴染んでしまいそうな風情である。ただ、あの本の写真で見たよりも、ピンクと水色の色あいが濃い目であるように思われた。リキュールだけの色づけでは、見た目の印象が弱くなってしまうのだろうか。
 白はコアントロー、ピンクはマラスキーノ、水色はアニゼット。一粒ずつ順番に、それこそ星の女神から授かった天上の砂糖菓子をでも戴くかのように、神妙につまみ上げては口に運ぶ。風味もまた、外見と同じく極めて繊細にして上品そのもの。舌の上で甘く優しく夢のように溶けて行く……。そうして、中身も外装もトリコロールで纏められていることに今更のように気づいて、またも感慨を深くしてしまう。トリコロールと言えば宝塚、そうして『ベルばら』の舞台……。私が心惹かれるものは、いずれもどこかで繋がっているらしい。
 所で、心残りが一つ。「一人で飲食店に入れない」あかんたれの私は、喫茶室のある上の階には上がることが出来ず、“スミスさんのオルゴール”と対面することが出来なかったのである……。

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2006年9月 4日 (月)

「だし」絡みで思い出したこと

 辰巳さんに絡む話題を書いていて、ふっと思い出したことがある。もう、何年か前に、通信販売のカタログで見て物凄く欲しくなったのに、家人に反対されて今だに購入には至っていない調理器具である。
 それは、一見ティーポットのように見える白い磁器製のポットで、大きな茶こしのような内網に鰹節と昆布を入れて熱湯を注ぐと、僅か一分で本格的なだしが取れる――というアイデア商品であった。残念ながら、正確な名称は忘れてしまった。
 だしを取る時には絶対に沸騰させてはいけない、と言われるが、そのポットは丁度90℃弱の「一番美味しいだしが取れる温度」を保てるので、素人でも簡単に手早く本格的なだしが取れるということである。お吸い物にして4椀分ほどが一度に取れて、漉す必要もなく後片づけも簡単とあって、是非とも欲しいと思ったのだが、かなり思い悩んだ末、諦めた。一番の問題は相当に「良いお値段」であったことである。確か、八千円以上していた。父と私は大の「おつゆ好き(汁物好き)」であるが、母と妹はさほどでもないので、果たして価格に見合うだけの活躍の場があるだろうか……という懸念がかなり大きかった。
 仕方なく、その代わりに、無添加の鰹だし、昆布だし、いりこ粉末、無添加のブイヨンなどを捜し出し、風味調味料と称する化学調味料と入れ替えて行くことでお茶を濁して、そのまま来ている。しかし、今だにこうして不意に思い出す所を見ると、まだ諦め切れていないらしい。もし、あれからずっと細く長く人気を保ち続けて、今も製造・販売が継続しており、お値段の方もそこそこ手頃になって来ているならば、矢張り欲しい。いや、何より一度、実際に使ってみたい。
 そう言えば、あの番組の中では、辰巳さんの考案による擂り鉢と擂り粉木のセットも紹介されていたが、それは「味噌や胡麻が手早く楽に擂れる」ことを目的として考えられたものだということであった。「だしの引き方を知っている」ことの意味と、急須でお茶を入れる程度の手間で本格的なだしが取れる「ポットの存在を知っている」ことの意味とには、相当な隔たりかあるかも知れないが、どちらも「鰹節や昆布からだしを取る」という点は共通している。辰巳さんであれば、あのポットをどのように評価されるか、是非とも知りたい気がする。

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2006年9月 3日 (日)

本物の「食」生活について思うこと

 遅い夏休みの間のいつであったか、たまたま目にした夕方の情報バラエティ番組で、辰巳芳子さんのことを取り上げておられた。途中から見ただけのその番組の中で、最も印象に残ったのは「だしも引けないような人は、男も女も結婚してはいけない」という一言であった。本物のだしを使うことの大切さを意識せず、その技術を習得する意欲も無い人間には、一人前の夫婦を名乗って次世代の命を育てて行く資格はない、と言い切っておられるように感じられた。厳しい一言ではあるが、それは、まさしく真実であろうと思うし、本当の理想であるように思われる。
 これまでから、辰巳さんの著書や活動の記事を読む度に、どれをとっても「本物」だなぁ……と、大いに敬服して来ている。しかし、かつて『味覚日乗』を読んだ時であったか、辰巳さんの主張は全て真実だし納得も出来るものではあるが、それを実践しようと思えば、一家に一人は家事の専門家が必要であり、それを現代日本の平均的な家庭に望もうとするのは、実際問題としてかなり無理の多いことなのではないか……と感じたことがある。
 戦前生まれの父母の世代は、本物のだしや食材に囲まれて成長していながら、戦時中の食料不足を経験した後、戦後になって本物の塩や醤油や酢や味醂や味噌や鰹節や昆布が失われ、化学調味料を中心とする合成の調味料に取って代わられるのをごく自然な流れのように受け入れて来たようである。それだから、私が本物の調味料を見つけ出しては取り入れようとする度に、変人扱いしてはやる気を削いでくれたし、その必要性や私なりの考えをどんなに根気よく説明しようとしても、右から左へ聞き流され鬱陶しがられるばかりであった。
 そんな環境で過ごして来た人間にとっては、悲しいことながら、辰巳さんの唱えておられる極めて大切な「本物の食生活」というものは、多少は努力して真似が出来たとしても「完璧な実現は到底不可能な憧れ」のように映ってしまう。
 戦後になって増え始めたアトピーや癌や不妊などの原因が、化学調味料や合成洗剤や化粧品にあるのではないか……という疑念はずっと持ち続け、常日頃から極力それらを排除した生活を心がけて行きたいと念じている私ではあるが、辰巳さんのような厳しい姿勢で対することはとても出来ない。恥ずかしいことである。

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2006年8月18日 (金)

一つ覚え料理シリーズ・その四「乾燥じゃがいものポテトサラダ」

 乾燥食品と聞いてぱっと頭に浮かぶ(=そこそこ普段から馴染んでいる)のは、まず乾麺(うどん、そば、麦切り、そうめん、春雨、ビーフン等)で、他には、わかめ、ひじき、椎茸、干瓢、木耳、麩、湯葉、乾燥ねぎ、フリーズドライの野沢菜、といった所である。
 実は、私はずっと、乾燥じゃがいもというものには余り良い印象を持っていなかった。遙か昔に、某大手食品会社が発売していたマッシュポテト(乾燥させた粉末状の馬鈴薯で、オートミールのように紙箱に入っていた)を試しに買ってみたことがあったのだが、いざ使ってみると、独特の粉っぽい匂いが鼻につくばかりで、とてもではないが美味しいとは思えず、「乾燥じゃがいもというのは、こんなもの」なのだと思い知った気分になって、以来、ポテトサラダは必ず茹でたじゃがいもから作ることにしていたのである。
 所が最近、知人から、この過去の常識を覆すような、極めて自然の風味に近い乾燥じゃがいもを紹介され……すっかり、はまってしまった。万惣の「おいしいじゃがいも」である。以前から、自ら商品名に「おいしい」という言葉を冠している食品は、何となく信じられず好きになれない傾向があるのだが、これは違った。全く看板に偽りなしの、本当に美味しいじゃがいもなのである。大袈裟でなく「何で、乾燥じゃがいもの癖してこないに美味しいんや!?」と、思わず叫びたくなる程である。
 料理の方であるが、これももう、改まって説明する必要も無さそうなほど、極めて簡単に作れる。乾燥じゃがいもをボウルに入れて、熱湯を入れてかき混ぜてマッシュポテト状態にし、薄切りのきゅうりとみじん切りの玉ねぎと細切れのハムを混ぜ、胡椒を軽く振ってマヨネーズで和える。これだけである。粗熱を取ってから冷蔵庫で冷やしても良いが、案外、暖かいままのポテトサラダも美味しい。水でもどすことも出来るが、その時には水道水ではなく、湯冷ましかミネラル・ウォーターを使う方が良いだろうと思う。
 こういう、使い勝手も風味も共に優れた乾燥食品は、本当に重宝である。栄養価や食品添加物(表示されている原材料は「ばれいしょ」「グリセリン脂肪酸」「エステル」のみ)に関しては、これから少し調べてみたいが、いずれにせよ、久々に「目から鱗」の思いで感心させられてしまった。次は自家製コロッケに挑戦してみようかと考えている。

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2006年6月14日 (水)

一つ覚え料理シリーズ・その三「赤だしともやしの豚汁」

 この冬以降、割合に息長くはまっている手抜き料理の一つに「赤だしともやしの豚汁」がある。元々は、知人から「国産清浄豚」という銘柄の豚が安くて美味しい――と聞いて即買ってみたら、評判通りに美味しかったことに始まり、以来、青梗菜と炒めたり生姜焼きにしたり豚しゃぶにしたり豚カツにしたり……と、様々に楽しんでいる。
 さて、これも改まって説明するのも申し訳ないほど、極めて簡単に作れる汁物である。豚こまを茹でこぼしてざるに上げ、お鍋の水分を拭いてごま油を敷き、すり下ろした土生姜を炒め、もやしを炒め、豚こまを戻して水を入れて煮立てる。煮立ったらアク取りをして、少し上等の赤だし味噌を溶かして味をみて終わり。これだけである。出汁も要らない。因みに、お味噌は米忠味噌本店の製品を使っている。
 土生姜だが、これも非常に手抜きで、買って来たらすぐすり下ろして冷凍して小分けにしている。下ろした土生姜を冷凍用のファスナー付きポリ袋の中に広げて適当に薄く伸ばし、上からしゃもじで筋を付けて折り曲げ、空気を抜いてぴっちり蓋を閉めて冷凍し、凍ったら適当にぽきぽき折ってまた冷凍庫に入れておく。生で使う時は暫く常温に置いておけば戻るし、加熱する時には凍ったままお鍋に放り込む。市販のチューブ入りのものは、随分以前に、知人がこの手の「おろししょうが」であったか「おろしにんにく」であったかを使って焼飯を作ろうとしたら、何がどうなったものか、ぞっとするような「ま緑色」に変化し、以来、怖くて使っていない……という話を聞いて恐ろしくなり、絶対に買わないことにしている。第一、土生姜を特売で買って下ろして冷凍しておく方が、遙かに経済的でもある。
 「ほんまもんのお味噌に出汁は要らない」と聞くが、米忠のお味噌など、正にその好例ではないかと思う。以前は、平日のみの営業と聞いて買いに行くのを諦めていたのだが、百貨店の地下で置いている所を見つけ、いつでも買えるようになって助かっている。ここの「合わせみそ」は、普通のお味噌と赤だし味噌とが半々に入っており、使う時に好きなだけ「合わせ」ながら使えるようになっていて便利である。今回の豚汁にしても、気分で赤だし仕立てにも合わせ仕立てにも出来るし、それぞれに美味しい。こういった「本当の老舗の味」は、出来るだけ色々と探し当てて、賢く楽しく使って行きたいものだと思う。

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2006年4月30日 (日)

一つ覚え料理シリーズ・その二「糸こんにゃくの七味唐辛子炒り」

 一時期、結構はまっていた手抜き料理の一つに「糸こんにゃくの七味唐辛子炒り」がある。元々は、体重の相当な増加を何とか食い止めたいと、その手のお料理の作り方をあれこれ物色していた頃、ふっと思い立って適当に作り始めてみたら、意外と美味しく仕上がり、暫く病みつきになってしまったものである。今、また、六月の定期検診を控えて「ちょっと気ぃ入れて頑張らなあかんかなぁ……」状態となった為、急に思い出してせっせこ作り始めている。
 これもまた、改まって説明するのも申し訳ないほど、極めて簡単に作れる一品である。糸こんにゃくをざるに入れて水洗いし、適当な長さに切ってフライパンに移し、菜箸でかき混ぜながら強火で乾煎りして水分を十分に飛ばす。ここにお酢と醤油(味ぽんの類で代用可)と七味唐辛子を振り掛けて、中火ぐらいにして更に炒る。水分がなくなったら、ごま油を少しだけ掛けて、さっと混ぜて終わり。これだけである。お酢と醤油は多め、七味唐辛子は少なめにした方が美味しい。絵付のある和皿などに盛ると、意外と見映えも良い。
 一味唐辛子を使って青海苔や粉山椒や煎り胡麻などを加えても良いが、矢張り七味唐辛子の方がずっと楽である。但し、大手メーカーの七味には、余り香りの良くないものが多いような気がするし、そんなに大量に使うものでもないので、多少お値段は張っても、質も香りも断然に良い「ほんまもんの七味」を買う方が、結果的には色々な意味で得であるように思う。因みに、我家で結構気に入っているのは、炒りゴマで知られる和田萬商店の「大阪七味」である。15gの袋で400円ほどするが、これが非常に美味しい。香辛料そのものを「美味しい」と言うのもおかしな話だが、香りが良くて辛みも適度で、特におうどんやお味噌汁によく合う。袋のラベルがまた面白い。赤地に黒で「けつねうろん大阪七味」のロゴ、更に、湯気の立つきつねうどんを挟んで狐と狸が向き合い「けつねてわてのことだっか!」「ちゃうんちゃう?」と会話している絵柄で、一度見たら忘れようがない。今回の「糸こんにゃくの七味唐辛子炒り」も、いつもこの「大阪七味」で仕上げている。
 ただ、この手抜き料理には致命的な難点が一つある。前回書いた「鶏の柚子胡椒焼き」と同様、白いごはんに物凄く良く合うのである……。

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2006年3月21日 (火)

熊ころり~☆ 熊ころり~☆ 呑んで美味しい熊ころり~☆

 お断りしておくが、私は決して呑んべーではない。そうして、今も日本酒が苦手である。幼い頃にひどい気管支炎(小児結核と誤診された程のひどさであった)を患った時、喉を温める為に「日本酒の温湿布」を施され、立ち上る強烈な香気(あれは、幼児にとっては決して心地良いものではない)の襲撃に、症状が緩和されるどころか、返って息が詰まる程の苦しみを覚え、以来、日本酒が全くと言って良いほど駄目になってしまったのである。
 さて、 "熊ころり" は、北海道の地酒の銘柄の一つである。初めてその名前を見たのがどこであったかは覚えていないのだが、一目見た途端、妙に気に入ってしまい、珍しく、ちょっとお味見してみたいかも……という気持ちにまでなってしまった。
 この話を知人にしてみた所、即座に「えーっ、それって "鬼ごろし"(飛騨の地酒) よりも強いお酒なんじゃないの?」という答えが返って来た。酒豪とされる「鬼」を「殺す」ほどの銘酒と、猛獣である「熊」が「ころり」と参るほどの銘酒を思い浮かべて、頭の中で素直にその図を比較してみると……確かに、想像上の怪物よりも実在する猛獣が酔い潰れる場面の方が、より凄まじい印象で迫って来る気がする。
 しかし、私が一番最初にこの銘から想像したのは、もっと可愛いらしくユーモラスな図であった。つまり、人家に迷い込んだ愛くるしい小熊が、そこにあった酒樽の中身をお水と間違えて飲んでしまい、ころん、と引っくり返って気持ちよく寝入ってしまったのを、その家の主(老夫婦)が見つけて、驚きつつも「可哀想だから、このまま寝かせておいてやろう」と、そっと見守ってやっているような――ちょうど、『あらいぐまラスカル』のオープニングで、ラスカルがスターリングと仲良く一緒に仰向けに寝そべって苺ソーダ(だったと思う)をこくこくこく……と飲むカット――あれに近い場面だったのである。
 実際の "熊ころり" は、後日、北海道料理のお店で賞味する機会があり、同行者が頼んだ分を一口だけ「お味見」させて貰ったのだが、なかなかにさっぱりと飲みやすいお酒であった。あれならば、ついつい幾らでも進んでしまって、そのうち「ころり」と……いかんいかん。
 記念すべき百回目の稿に、あらぬ誤解を招きそうな文を書いてしまった。改めてお断りしておくが、私は決して呑んべーではない。(断言)

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2006年2月27日 (月)

一つ覚え料理シリーズ・その一「鶏の柚子胡椒焼き」

 最近はまっている手抜き料理の一つに「鶏の柚子胡椒焼き」がある。元々は、特売で胸肉を多めに買った時、久し振りに粒マスタード焼きを作ってみようとしたのだが、下拵えを始めてから、肝心の粒マスタードが殆ど残っていないことに気づいた。やむなく、足りない分をお鍋に使った残りの柚子胡椒で代用してみた所、出来上がってみるとこれが意外な位に美味しかったのである。多分、私に作れる数少ない鶏料理の中では、風味の上でベスト3に入り、調理の手軽さの上ではベスト1と言っても良いのではないかと思われる。
 ご存じの方も多いと思うが、この「柚子胡椒」は、青柚子の皮と青唐辛子と食塩で作られた、非常に香りの良い和風香辛料である。確か大分辺りの発祥で、地元では「唐辛子」のことを「胡椒」と呼び慣わしておられることから、この名が付いたのだと聞いている。鍋料理の薬味にしたり、マヨネーズに混ぜたり、お刺身に添えたり、和え物に使ったり、と、色々な料理に応用出来てなかなか重宝である。私の知る限りでは瓶入りとチューブ入りがあり、料理には割安の大瓶入りが、食卓で使うのにはチューブ入りが便利である。
 さて、今回はまっている「鶏の柚子胡椒焼き」は、もう、改まって説明するのも申し訳ないほど、極めて簡単に作れる。鶏の胸肉一枚の両面に、大さじ半分ほどの柚子胡椒を薄くまんべんなく塗って、日本酒をさっと振って、暫く(15分ぐらい)置き、熱したフライパンに油をひいて、強火で両面にこんがり狐色の焦げ目をつけ、更に日本酒を振って弱火にして蓋をして、中までちゃんと火が通るまで蒸し焼きにする。これだけである。焼き上がったら、まな板にキッチンペーパーを二枚ほど敷いた上で四つに切って、四人前の出来上がり。青柚子の香りと青唐辛子のピリッとした辛さが鶏肉に良く合い、思わずごはんが進んでしまう。どちらかと言うと夏向きのお料理かも知れない。冷めてから一口大に切って冷凍しておき、お弁当のおかずにするのも気に入っている。
 柚子胡椒自体に相当量の食塩が含まれているので、使う調味料はこれと日本酒だけで済むし、切り分ける時に使ったキッチンペーパーでフライパンに残った油を拭き取れば、後の水仕事も楽である。手軽に出来て美味しくて後片づけが楽――手抜き料理の必須条件はひと通り満たしていると思われる。今暫く、はまり続けそうな簡単料理である。

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2005年3月14日 (月)

雛あられの恨み、と言う訳でもないのだが……

 勝手な口実を色々と拵えて、雛人形をきちんと飾らなくなって何年にもなるが、それでも、三月三日の晩ごはんには散らし寿司を作るし、桜餅や鶯餅も買うし(菱餅でない辺りが我家らしい)、勿論、雛あられも買う。折角のお節句であるのに、ささやかと言うには余りに怠けた祝い方で、まことにお恥ずかしい。
 だが、今年はその恒例の「手抜き節句」にも思わぬ異変が生じた。何と、雛あられが見つからないのである。コンビニは言うに及ばず、そこそこ有名なスーパーにも置いていない。最終的には、お節句当日にやっと、最寄りのダイエーで日東あられの袋入りのものが一種類だけあるのを見つけて間に合ったのだが、例年であれば、ここでも確か他社製品を含めて数種類の品揃えがあった筈である。化粧箱入り・袋入り・キャラクター缶入りなど、趣向も様々に凝らされて、選ぶのに迷う楽しみもあった。けれど、今年は本当にこれだけである。更に言うなら、白酒も菱餅も雛菓子も、雛あられと同じ小さいワゴンに一種類ずつ、それこそ申し訳程度に用意されているだけ。如何に最終日とは言え、何とも規模の小さな「雛祭りコーナー」の姿は、余りに寂しい限りであった。
 所が、レジ近くまで来た時、いつもXマスコーナーなどが設けられる特設ワゴンを見て、愕然。百花繚乱状態で「ホワイト・デー」絡みの商品群が所狭しと並べられている……。
 無論、より多く収益が見込める商品に重点を置いた品揃えをしなければならないお店側の事情や思惑が理解出来ない訳ではない。どうしても雛あられが欲しいなら、百貨店や老舗の和菓子店まで足を運べば済むことかも知れない。しかし、この余りに極端な扱いの差には、どこか危機感にも似た薄ら寒い思いを覚えてしまった。
 起源は平安時代から古代中国にまで遡り、奥の深い様々な文化に裏打ちされた伝統行事であるお節句よりも、最近になってお菓子メーカーが仕掛けて作ったイベント日の方が、ここまで優先して扱われている現実を、一体どう受け止めれば良いのだろうか。既に多くの人に受け入れられている以上、例え販促目的から作られた新行事にも、相応の存在価値はあるのだろうが、それがいずれ「文化」にまで昇華するかどうかは別としても、扱いの差が余りにも大き過ぎる。毎年「手抜き節句」で満足している人間に、こんなことを言う資格は無いかも知れないが、果たしてこのままで良いものなのだろうか……。

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2005年2月22日 (火)

オニオンスープにどっぷり☆ほこほこ

 食べ物の話題が続くが、最近、オニオンスープにはまっている。オニオン・グラタン・スープを作るだけの予定が、かなり多めに出来上がってしまったのが始まりで、今や、中鍋でどんと作り置きして毎日煮込み直しながら、ほぼ一日一杯は食している。
 遙か昔に初めて作った時は、料理本に記載通りの分量・味つけに従って仕上げたのだが、家人の評判は「旨味が足りない」と今一つで、結局、市販のコンソメ(マギーのブイヨンだった)を足して味をごまかし、やっと一鍋分を片づけた……と言う記憶がある。
 今回は、母が大量に買い込んで来た安売りの玉ねぎを、何とか傷んでしまう前に全部使ってしまわねば……と、半ばやけ気味に思い立った。よく炒めた玉ねぎだけで濃度までつける位だから、相当量を無駄なく使える筈だし、昨今は玉ねぎに「血液をさらさらにする効用」がある、と話題になっているので、その理屈で家人に強いて勧めることも出来る。
 作り方は実に大雑把である。玉ねぎを3個ほど、表皮を剥いて根と芽を落とし、縦半分に割ってから薄切りにして15分ほど置く。この間にベーコンを3枚ほど細切りにして、深めの中鍋に油をひいてざーっと炒める。ここへ薄切りの玉ねぎを一つかみ入れ、塩をふってさーっと炒め、少ししんなりして来たらまた一つかみ入れて塩をふって……を繰り返し、玉ねぎが全量お鍋に納まったら、火を弱めて延々と炒める。玉ねぎの量にもよるが、20~30分も炒めているうちに、段々と狐色のペースト状になって来る。ここへ水を入れて強火にして、煮立ったらまた火を弱めて蓋をして暫く煮込む。最後に味を見て、塩加減をして、後は胡椒をちょっとふって、出来上がりである。金子信雄さんの「ベーコンは西洋の鰹節」という言葉が妙に印象深く、普段からベーコンを色々な料理に放り込んでいるのだが、これがオニオンスープにもよく合う。
 耐熱皿に切ったフランスパンを入れ、出来上がったオニオンスープを注いでピザ用のチーズを散らしてオーブンで焼けば、熱々のオニオン・グラタン・スープになる。寒い夜にはこれがまた美味しい。余りお腹にももたれず、この時期の夜食にはぴったりである。
 そう言えば、もう随分以前になるが、東京のスープ料理専門店で戴いたオニオン・グラタン・スープは、「おすまし貴婦人のこっそり夜食」と名づけられていた。あれは見事な命名だった……と、今、改めて思い出される。

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2005年2月18日 (金)

グラタンをめぐるあれこれ……

 グラタンの美味しい季節になった。この時期、チーズとホワイトソースがこんがり焼けるあの匂いほど恋しく思われるものはない。
 初めてグラタンを作ったのは、電子レンジの付録の料理集を見ながらやってみた時だが、もの珍しさもあってか家人の評判は良かった。しかし、とことん手際の悪い私は、ホワイトソース用と、マカロニを茹でるのと、具を炒める為のものと、最低でも三つのお鍋を使わなければならず、更に食後には、人数分のグラタン皿という厄介な汚れがこびりついた食器群も加わるので、これほど後片づけの憂鬱な料理も他になかった。ホワイトソース作りもまた難関で、小麦粉をふるっておこうが、どんなに火加減を調節しようが「ダマ」に悩まされ続け、後に雑誌《オレンジページ》で、玉ねぎと一緒に小麦粉を炒めればダマにならない――という記事を読むまで、これまた極めて憂鬱な作業であった。
 その後、素晴らしく効率的な作り方を知人から教わった。最初から、玉ねぎばかりでなく他の具材も一緒に炒め、そこへ小麦粉を入れて炒め、更にチーズとスープと牛乳も全量一緒に炒めてしまえば、後はそのままグラタン皿に移して粉チーズを掛けて焼くだけ――素晴らしい知恵である。これなら深めのフライパン一つで作れてしまう。世の中には賢い人が多い。いや、単に、私が創意工夫の知恵に見放されているだけかも知れないが……。
 所で、グラタンというお料理を生まれて初めて口にしたのは、忘れもしない、大阪梅田・阪急百貨店のグリル。昭和五十年代初めのことである。ホワイトソース仕立てで、具は薄切り肉とマッシュルームと玉ねぎだったと思う。一人前が確か五〇〇円也。本当によそ行きのご馳走で、当時の私にとって「梅田の阪急へ行って、宝塚コーナーを見て、グリルでグラタンを食べる」というのは、宝塚観劇と並ぶ一大イベントであった。
 その阪急百貨店では、一昨々年秋の店内改装に伴って大食堂もグリルも既になくなり、更に、今春からは、百貨店の建物自体を地上四十一階地下二階建ての高層ビル(百貨店は地上十三階地下二階の部分に入るそうである)に建て替える工事が始まる。開業予定は六年後の2011年春――また一つ、私の思い出深い建物がこの世から消えてしまう……。
 明日からまた寒さが戻るらしい。落ち込んでいる間にさっさとグラタンの材料でも買いに行って来ないと、ますます寒さが身にしみそうである。

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