MIQさんの新譜『哀 戦士 トリビュート』を聞いて・後
MIQさんがひとたび歌われた歌は、まず漏れなくMIQさん色に染め変えられる――とは、かねがね感じていることである。ただ、歌の「染まり変わり方」にも色々ある。
少々偉そうなことを書くが、MIQさんがこれまでに歌われた「元々は他の人が歌っていた曲」の中にも、元の歌を遙かに飛び越えて、完全にMIQさんバージョンとして完成されているものもあれば、その曲の持つ雰囲気には、元の歌手の歌い方の方がより似合っているように思われてしまうものもある。また、これはもしかしたら、無意識に「元の歌を越えてはいけない」という遠慮のような気持ちが多少入ってしまわれたのではないだろうか……と感じられる気がしたようなものもある。聞く側の私が、元の歌を知っている場合も、そうでない場合も、同様である。
例えとして適当かどうかは判らないが、塩沢さんは、一つの作品の中で脇の役柄を演じる時、常に「演るからには、主役を越えてやろう」という意識を持って演じている――と、言っておられた。そのような演じ方が、主役を始めとする周囲の演技をも良い意味で刺激し、作品の質をより高めていた場合もあるし、逆に、悪い意味で主役を食ってしまい、作品自体の仕上がりが歪なものになってしまっていた場合もある。尤も、それは大凡、主役以下の共演陣の顔ぶれによって異なって来ていたようにも感じられるのであるが……。
MIQさんは、大抵の場合、お一人で歌っておられるので、カバー曲の仕上がりが様々に感じられるのも、その曲をMIQさんご自身の感性で深く解釈し、熟考を重ね、全力で表現された結果、そうした仕上がりに行きついたもの――と考えて間違いないだろう。
そうしたことも思い合わせて、この「哀戦士」を聞いてみても――これはもう、完璧に「MIQ版・哀戦士」として完成されていると言っても過言ではないだろうと思われる。
以前にも書いたが、オリジナルの歌唱を知っていてなお、同等或いはそれ以上の仕上がりであると認められるカバー曲というものには、なかなかお目に掛かれない。「オリジナル歌唱のみの持つ力強さ」を越え、別作品として完成された曲となる為には、歌い手に「相当の実力+α」がなければ、極めて難しいものであると思う。
MIQさんの「哀戦士」は、数少ないそうした一曲であると断言して良いだろう。本当に素晴らしい「哀戦士」である。是非、一人でも多くの方に聞いて戴きたい。
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