『ぼてじゃこ物語』のこと~ドラマの記憶と小説版を中心に~・6
第1話を始め、見逃して記憶に残っていない回も何話かあるし、小説版で書き変えたり書き足されたりしている所もあるものと思われるし、新聞TV面の解説記事も実際のドラマとは微妙な違いがあるようなので、さて、どのように纏めて行こうかと悩んでしまう。
まずは、主題歌「琵琶湖慕情」の冒頭で朗読され、小説版・上巻の帯にも書かれ、下巻の終幕にも登場する詩(『細うで繁盛記』の「銭の花の色は清らかに白い……」に相当するもの)から紹介しておく。(引用:『ぼてじゃこ物語(下)』花登筐/著(北溟社・2001)p.340, l.5-8)
女とは哀しい魚
愛という餌を求めて
ひたすらに清い流れをさかのぼる
針の痛さも知らないで
滋賀の石山に生まれた雪子は、十二歳の時に実母を亡くし、継母のけいに虐げられて育つ。そんな雪子の心の支えは、実母の八重が口癖のように教えていた「どんな時でも、ぼてじゃこになったらあかん」という言葉であった。
ぼてじゃことは、琵琶湖に棲息する腹の膨れた雑魚の一種で、鉤を下ろすとすぐに喰いつくほど貪欲な魚だが、食べることも出来ないので、釣り上げられてもすぐに捨てられる――「ぼてじゃこになったらあかん」とは、「目の前に餌があれば見境いなく喰いつき、釣り上げられると捨てられるだけの、ぼてじゃこのようにガツガツした人間になってはいけない。何事も、常に、その餌に鉤が付いていないかを確かめるだけのゆとりを持って生きなさい」という意味の言葉である。
回想で、実母と湖の浜辺を歩いていた幼い雪子が「お魚が死んでる!!」としゃがみ込み、覗き込んだ八重が「それが、ぼてじゃこや」と教える場面があった。また、小説版・上巻の帯の背には「琵琶湖の魚に生き方を知る」とある。雪子は作品の随所で、この教えに救われ、また、その時々の行動を「私はあの時、ぼてじゃこやったのと違うやろか」と反省しては、より強く賢い人間に成長して行く。
この言葉は、花登氏の全くの創作なのだろうか。それとも、琵琶湖畔に生まれ育った人々にとっては、古くから馴染みの深い表現なのだろうか。いずれ調べてみたい気がする。
ともかく、作品の主題と見事に繋がり、全編を通じて非常に強く視聴者の心に残る名言であり、また「地域に根ざした人生訓」(或いは「如何にもその地域で実際に存在する人生訓であるように、素直に感じられる名文句」)として、実によく出来た言葉であると思う。
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