34回目の『ベルばら』記念日
知る人ぞ知る、いや、知る人のみぞ知る、いや、本人のみぞ知る標題を、またもや性懲りもなく付けてしまった。「知る人」は、さぞかし「ああ、まだ騒いどるな」と、殆ど諦めの境地でご覧下さることかと思う。
今年は金曜日である。3年前にも、同様の標題で書かせて戴いた通り、生まれて初めて宝塚歌劇の舞台を見た日が今日である。「人生で大切なことは全て宝塚の舞台で学んだ」ようなものである私にとって、これほど特別な日は他にない。
とは言え、今年もまた、普通に起床し、普通に身繕いし、普通に食事し、普通に出勤し、普通に走り回り、普通に退出し、普通に帰宅し、普通に一太郎に向かってこの稿を打ち――ただ“バラ・ベルサイユ”の香りだけは絶やさず纏い続けただけの一日であった。強いて言うなら、頭の中で一日中「哀戦士」と「愛の怯え」がランダムに回り続けると言う、多少は例年と異なる現象は経験したが……。
先日読んだ本(『和歌とは何か(岩波新書 1198)』渡部泰明/著)の中で、歌集『サラダ記念日』の題名の元となった有名な短歌の、その素材となった実際の経験では、料理は「サラダ」ではなく「カレー味の唐揚げ」で、日付も「七月六日」ではなく「六月七日」であったと、俵万智さんご自身が明かしておられた(『短歌をよむ(岩波新書 304)』俵万智/著)――ということを、恥ずかしながら初めて知った。メニューも日付も異なるけれども、その時の自分の思いをより正確な形で第三者に伝える為には、敢えてそのような形に置き換える必要があったということらしい。こういう呻吟は、短歌を生業とするプロの歌人なればこそのものであろう。
私の場合は、単なる日記代わりに(しかも無理矢理背伸びして)腰折れをでっち上げ詠み散らしている程度のものであるから、そこに作品の質を高める為の創作を盛り込むような余裕も実力もなく、従って、大抵の場合は事実そのものを三十一文字の中に詰め込むだけである。(たまに、想像(妄想?)の世界に遊んだままを詠むこともあるのだが……)
そんな人間が、取り敢えず今日の日を詠むならば……こんな感じであろうか。
哀しくも美しきかのとりどりの薔薇らに逢ひし文月晦日
文月の晦日にのみは甦る少女(をとめ)の日なる形見の薔薇は
今もなほ夏来るごとに慕はしき文月晦日――「ばらの記念日」






















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