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2007年11月 7日 (水)

「四つの『パラサイト・イヴ』」を巡るあれこれ・その十二

 ひと通り、書きたかったことは書いたように思うので、ここで改めてラジオドラマを持ち上げておく為に、培養室に残された「Eve」の細胞の「最終処理」を巡る扱いを比較してみる。
 映画では、イヴの目的に気づいた利明が、培養器に残る「Eve」の細胞の入ったプレートを、一部は加圧殺菌器(オートクレーブ)に投入するものの、残りは怒りに任せて床に投げつけ、更に冷蔵ボックスで叩き潰す。器械を作動させて全ての細胞を完全に消滅させる場面はない。
 原作小説では、卒業式を終え、懇親会を抜け出して研究室を覗いた佐知子が、冷凍保存されていた「Eve」の細胞の入った血清チューブの存在を、たまたま戻って来た下級生から知らされ、自らの手でオートクレーブにかけて処理する。あれだけ恐ろしい目に遭っていながら、半年近くも忘れていたというのは少々迂闊過ぎる。
 劇画では、卒業式の後、下級生たちが冷凍庫の中の血清チューブを見つけ、よくある卒業生の忘れ物だと「捨てますか?」「いいよ。後で取りにくるかもしれないし」――その会話を交わす一人に、イヴ再来の気配を匂わせつつのエンドマークとなる。
 ラジオドラマでは、イヴも利明もイヴの娘も絶命し、全てが終わったと誰もが思った後、篠原が突然、利明の言い残した「研究室」という言葉を思い出す。更に、入院中の佐知子が失踪したと知って研究室に急行すると、そこには、イヴの意志に操られた佐知子がいる。残された細胞を培養せよと強硬に命じ続けるイヴの声に、佐知子は遂に打ち勝ち、篠原とあずさの目の前で、「Eve」の細胞をオートクレーブにかける。イヴの本当の断末魔の叫びが響き渡って――と、イヴの執念の凄まじさが最も強調され生かされる形にアレンジされている。
 これらを比較しただけでも、ラジオドラマの仕上がりの素晴らしさが想像出来はしないだろうか……。
 最後に、このラジオドラマの「極めて個人的な楽しみ」のお話を一つだけ。例えば、聖美が脳死に向かいつつあると告げられる場面や、聖美の臨終の場面などは、私には物凄く贅沢な場面であるように思われる。何故ならば、そこに登場し会話しているのは、利明と聖美の父と脳外科医――黄金聖闘士(ゴールドさん)ばっかりなのである。因みに、これに吉住医師と麻理子の父を加えると、更に「黄金聖闘士の半数近くがイヴの物語に関わった」ことになる。全くもって、これほど贅沢なことがあるだろうか……。

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