二千余の日と夜を越えても・後
作ろうと思い立ったのは一昨年の十月末であったが、「二千の日と夜を越えて」は、今なお未完成のままになっている。言葉を選んで綴り始めはしたものの、とても続けて行くだけの気力が戻っておらず、もう暫く時間を置くことにして、今に至っているのである。
泣くこと、涙を流すこと、声を張り上げて悲しみを放ち散らすこと――そういった行為は、時として、遺された者の精神の癒しを助ける場合もあるのではないだろうか。「本当に悲しい時、人は涙を流すことすら出来ない」と聞いたことがある。七年前の私が、まさにそれであった。素直に泣いてしまった方が、どんなにすっきりと速やかに心に決まりをつけることが出来るだろう……そんな、ある種の憧れにも似た奇妙な思いが、あの時の私の中には確かにあった。しかし、それを実行に移すことは出来なかった。無理に泣いてしまおうとしてみても、「泣いたら終わりになってしまう」「涙と一緒になけなしの力まで流れ出してしまう」――と、どこかで常にそれを制止する自分があった。そうやって、泣くことを無意識のうちに押し留めることで、実は懸命に自分を保ち、守ろうとしていたのかも知れない。それが正解であったのかどうかは、今も判らない。しかし、泣きたい時には自然な思いに任せて泣いてしまう方が良いような気がする……という、漠然とした実感は、確かにある。
地蔵和讃を初めて聞いた時、何と残酷な教えだろうと胸が詰まったことを思い出す。何の罪も無いままに賽の河原へ来なければならなかった幼な子らが、父母や兄弟や我身の回向にと積み上げた石の塔を、河原の鬼が「親を嘆かせた罪」を理由に壊して回る。だから、子を亡くした親は泣くな、泣けばあの世の子がそうやって鬼に苛まれ、地蔵尊に救われるまで辛い目を見ることになる……。ある意味では、それは、遺された親の一日も早い立ち直りを促す為の戒めであると受け止めることも出来るかと思うが、しかし、亡き子の為だと泣くことを自ら禁じた親の心には、一体どれだけの負担が強いられることだろうか。それが返って親の心を押し潰すようなことにはならないのだろうか……。私のような凡夫は、そんな風に悩んでしまう。
今、考えている「二千の日と夜を越えて」の冒頭は、こんな感じである。
君を思ひ溢す涙を 今は止め給ふな 凝り涸ぶ胸に落ち ほの潤す雫を
二千余の日と夜を 越えても未だ胸に 消へぬ深き傷を 知れる心あらば
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