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2006年5月10日 (水)

六度目の五月十日(水曜日)に寄せて

 毎年、この日が巡り来るたびに、ささやかながらお花をお送りし、青二ミュージアムで買ったペンダントを身につけ、衣類のどこかに淡紫か黒を使うようにして、多少は神妙に過ごす。そうした形ばかりのことだけでも、随分と自分自身の慰めになる気がする。
 それでも、心の奥底深い場所の状態は、当時とさほど変わってはいない。ひび割れだらけの干涸らびたゴムまりが、無数の思いやりに包まれて軽うじて僅かな弾力を保っているような、そんな感じである。
 こんな人間を案じて、厳しい言葉で諭して下さる方々もある。「もう七回忌なんだから良い加減に踏ん切りをつけなさい」「いつまでも周囲の者が嘆いてばかりいたら故人が良い所に行けない」「奥様に看取られて旅立たれたことだけでも良かったと思わなければ」「幾ら贔屓にしていた芸能人でも、肉親や親友を亡くしたのとは違うのだから」――有難いことだと思いつつ、しかし、自分でも本当に情けないことながら、そうした言葉の数々も、凝り果てた胸にぐさりと突き刺さったまま、ただ乾いた棘となって行くばかりである。
 四年ばかり前、派遣先で扱った福祉関係の図書の中で、唐突に肉親を失った遺族に対して決して使ってはならない言葉表現の例というものを幾つか目にし、思わず「似ている、いや、同じだ……」と感じた。あの当時、出来れば耳にしたくなかった言葉、信じられない位に心ない言葉の数々と、共通するものが極めて多かったからである。残されたファンという名の遺族もまた、僅かなことで深く傷ついてしまう弱者に他ならなかったのである。
 増してや、その声に出会った瞬間から、足かけ十四年の間、折々に "魂の恩人" と感じ続けて来た方である。声のお仕事が中心であっただけに、より感性に響き掛け心に棲みついてしまう割合の極めて大きかった方である。私が勝手に作り始めたお仕事のリストを、存外に喜んで下さり、褒めて下さり、励まして下さった方である……。
 少しずつ、心を元に戻す為の努力は続けている。出来るだけ自分に無茶をさせない程度にではあるが、決して後ろ向きであるとは思わない。
 ただ、この日が来る度に、本当に身勝手な限りではあるが、案じて下さる方々に対して、いま少し甘えさせて戴きたい……という思いが、改めて湧き上がって来てしまう。「もう暫く、そっとしておいてやって下さい」――それだけをお願い出来れば……そんな風に思う。

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