2009年9月14日 (月)

「重ね着」について思うこと・下

 それだけに、ここ数年、紺のブレザーの裾から、茶色や青色や赤色(紺や黒ではなく)のセーターの裾を堂々と10cm近くもはみ出させて着ている女子中高生を見ると、同色のセーターが僅かにはみ出ただけで、あれだけ言われた人間であるから、思わず「この子、学校で苛められへんのやろか?」と、密かに心配したりもした。こうした辺りにも、昨今の重ね着に、つい疑問を抱いてしまう素地があるように思う。
 もう一つ、思い出されることがある。
 幼い頃、セーターやブラウスを滅茶苦茶な順序に着重ねたり、それこそズボンの上から更にスカートを履いたり――と、ちぐはぐな統一性のない恰好をすると、例え調子に乗ってふざけてしたことであっても、母や伯母や祖母などから、「ルンペンさんみたいな恰好しなっ!!」「ヒッピみたいなことせんときっ!!」「そんなん、まるで宿無っさんやないかっ!!」と、それはひどく叱られたものであった。
 母らは、今で言うホームレスの人らを「ルンペンさん」「宿無っさん」のように、どこか温かみのある呼称で呼んでいた。そうした人たちの、暖をとる必要に迫られて、選択の余地なくそうした衣服を着なければならない切羽詰まった状況を、ふざけて真似るような浅慮なことはするな、という戒めであったのだと、今思えば妙に納得出来るものがある。
 少なくとも、制服の上着からほんの少しはみ出た重ね着のセーターの裾を「恰好悪ぅ~」と底意地悪く指摘し非難するような類のものではなく、そこには、どこか、曽野綾子さんが一昨年の五月に産経新聞連載の「透明な歳月の光」の中で書いておられた、(破れたジーンズなど)「他人の貧しさをファッションにして楽しむ神経」に、どうしてもついていけない――という考え方に通じるものがあるような気もする。
 いずれにせよ、下に着たものが上に着たもので隠れ切らない「(無意識に)はみ出た」或いは「(故意に)はみ出させた」状態に対し、何かしら不安定でちぐはぐで落ち着かない気分を覚えてしまう背景には、こうした昔からの意識や経験が多分に影響しているのかも知れない。
 加えて、現在の己が体型から……「重ね着する」→「着ぶくれる」→「余計に肥えて見えそう」――といった、切実な問題をも孕んで来そうな気がすることもある。
 そんなこんなで、矢張りどうしても「最近流行りの重ね着」には、妙な抵抗を覚えてしまい、さっぱり食指の動かない私である……。

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2009年9月13日 (日)

「重ね着」について思うこと・中

 しかし、これはそれ以前に、私の昔からの「ちょっと周囲からずれた意識」や、「服飾絡みの拙い経験」などから来る、どうすることも出来ない感覚であるのかも知れない。
 古くは、野球選手のユニフォームからして、幼な心に「変な服やなぁ」と思った覚えがある。あのようなデザインの利点も由来も知らないのに、どうやら「半袖の上着の下に、隠れ切らない長さの袖の下着をはみ出させて着ている」ように見えて、それをちぐはぐで不安定なものであるように感じたものらしい。
 それ以上に「あれが今だに影響しているのかも……」と思われるのは、中学時代の辛い記憶である。
 制服の冬服(白のブラウスに紺の総襞スカートと紺のブレザー)に、学校指定の紺のVネックのセーターを着た時、ブレザーの裾からセーターの裾がほんの少し覗いただけで、目ざとく見つけた同性の級友らから「ひゃあ、セーター見えてやるぅ。恰好悪ぅ~」と囃し立てられ、しかし、セーターの裾をスカートの中に入れると腰回りがきつくて苦しいし、短かめの紺セーターを新たに買ってなど貰えないし……仕方なく、三年間ずっと、セーターの裾を20cm近く内側に折り込んで、ブレザーの裾から決してはみ出ないように細心の注意を払いながら過ごした。
 或いは、同じく夏の体操服(白の半袖トレーニングシャツに臙脂のブルマー)のブルマーの裾から、下着の端がほんの僅か覗いただけで「白線見えてやるぅ。やらし~。鈍くさ~」の声と冷たい視線が飛んで来た。ブルマーからはみ出ないような短い下着を買って欲しい、と、どれほど頼んでも、例によって母の答えは断固「女の子は冷えたらあかん。ぱんつはお臍までないとあかん」であったから、これまた綿ショーツの裾の口ゴム部分を左右共に2cm以上折り込んで、絶対にブルマーの裾から出ないようにした上で、授業中も動きに殊更気をつけつつ、三年間じっと我慢した。
 何とも卑屈に消極的に耐えたものであるが、服飾のセンスもなく、体型にも恵まれず、何を言われても言い返す根性を持たない私のような存在は、彼女らにとっては恰好のからかい対象だったのであろう。また、彼女らの中には恐らく、「はみ出ている」→「見映え良くない」→「着こなせていない」→「それに気づかない」→「それを変だと思っていない」→「だらしない」→「センスがない」→「野暮ったい」→「目につく」→「苛々する」――といった図式でもあったのかも知れない。

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2009年9月12日 (土)

「重ね着」について思うこと・上

 ちょっと前に、産経新聞の服飾関係の記事で、重ね着礼讃の文を書いておられた方があった。
 二種類以上の色を組み合わせ重ね合わせると、より見た目の印象が変化するし、着る側も見る側も心地良いものを感じることが出来るし、単色だけでは表現し切れないような無限に近い楽しみが約束されるような気がして、私のような服飾センス皆無の人間にも、何だか心楽しいものがある。
 平安時代などの「かさね」の色目には非常に憧れを覚える。その名残りだと聞く伊達衿は余り持っていないが、着物と帯、帯と帯揚、帯と帯締、と言った色の組み合わせに応用してみたいなぁ……とか、常々野心だけは燃やしているし、リバーシブルの半幅帯など、例えば、表が淡紫(薄色)で裏が黄緑(萌黄)のものなら「わ~い、藤襲だ~☆」何て、それだけで浮き浮き心弾ませたりしてしまう。
 カラー・コーディネート何て言葉が生まれる遥か以前から、日本人の美意識の中に「色の組み合わせによる美の表現と楽しみ」が、かなり大きな割合で存在していることが、何だか嬉しく思われるのは何故なのだろう。色で楽しむ、色で遊ぶ、色で表現する、というのは、ごく基本的で身近な「視覚に訴える芸術的な活動」なのかも知れない。芸術と言うほど大袈裟なことではなくても、少なくとも、それによって自分と他者、双方の心を動かし、楽しませ、高揚させ、和ませ……といった影響を与えることが出来ること自体、素敵に思われる。
 寒い季節には、重ね着することによって、衣服と衣服の間に薄い空気の層が出来、より保温効果が高まる――とは、小学校の家庭科の授業で習った知識だが、色を重ねることの楽しみに加えて、そういった実用的な面からも、これまで、重ね着というものにはずっと良い印象を抱いて来た。
 また、寒い時季だから衣を重ねて着る、更に着る……という意味あいから生まれた「如月」という言葉にも、生まれ月であることもあってか、非常に良い印象と親しみを覚えている。
 にも関わらず、私はどうにも、あのコラムで絶賛されていたような「最近流行りの重ね着」に馴染むことが出来ない。街路や電車の中などでそうした装いの人を見ても、衣料品のお店のディスプレイやマネキンを見ても、「良いなぁ」とか「真似してみたいなぁ」という気が一向に起こらないのである。
 無論、思わず心魅かれるような「素敵な重ね着」に、まだ出会ったことがないからかも知れないのだが……。

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2009年8月31日 (月)

“日常の和装”に憧れる思い・13

 この夏、目にした和装の中で、最も素敵に思える夏着物に出会ったのは、つい先日の百貨店の地下食料品売場であった。
 和洋折衷のお惣菜売場で、私の隣に並んでおられた初老の女性が着ておられたのを、支払いをしながら横目でちらちらと盗み見させて戴いた程度なのだが、それはもう、一目で「良えなぁ……」と、目がハート型になりかける位、素敵な装いだったのである。
 私よりも少し背の低い方であった。藤村志保さんをもっともっと小柄にしたような感じの方で、品の良い栗色に白髪が混じった髪は、後ろで捩り上げて装飾のない茶色の透明バレッタ(鼈甲風)で留め、薄い紫の眼鏡(サングラスではなく、普通の眼鏡であった)を掛けておられた。
 お着物は、やや渋めのライラックぽい淡紫の絽の色無地(私の結城紬に近い色あい)で、真っ白い絽の半襟が品良くきりりと映り、帯揚は水色の絽、帯締は紫に細い金の線が入った軽やかなメッシュぽい素材のもの、帯は白地の絽に涼しげな流水の模様が描かれたものをお太鼓結び。足元は普通の白い足袋に淡い水色の鼻緒の雪駄であった。
 左の手首には腕時計をはめておられたのだが、これが実に印象的であった。ベルト部分が、五色くらいの淡い色のビーズを、一cm位ごとに色を変えながらレースのように編んだ、非常に可愛いらしく涼しげな品で、文字盤は長方形で枠や金具は金色。一見、お孫さんが着けていてもおかしくない程に愛らしい意匠の腕時計なのに、淡紫の絽の袖口からちらちら覗くのが何とも素敵で、しかも本当に良く似合っておられて、思わず「欲しいなぁ……」と見とれてしまった。お茶席に入る時などは、時計・指輪の類は厳禁であるが、日常に和装を楽しむ時には、別に決まりはないようだし、帯に挟む懐中時計も楽しいけれども、こういうのも良いなぁ……と、またもや「人様のものが何でも良く見える虫」が騒ぎ始めた。
 日頃から、和服を着慣れておられる方だったのであろうが、恐らく、ああいうのが「自然でありながら隙のない日常の着こなし」と呼ぶに相応しいのではないかなぁ……と、しみじみ感じたことであった。
 それにしても、この夏は「自分はとうとう着る機会がなかったけれども、色々な夏着物と遭遇出来て、随分と面白く過ごすことが出来た」ような気がする。ここの所、本当にさぼり気味であったけれども、そろそろまた、練習を再開しようかな……と考え始めている今日この頃である。

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2009年8月30日 (日)

“日常の和装”に憧れる思い・12

 この夏、目にした和装の中で、素人目にさえ余りにも「惜しい」気がしてならなかった浴衣姿がある。
 特に夏祭り等の行事があるとは聞かない日の昼間であったので、恐らくは個人的な好みで「夏の装いの一つ」として、浴衣を選んで着ておられたのだと思う。年齢は30歳絡みの中肉中背の女性で、髪はラインストーン入りの簪ですっきりとアップにまとめ、お化粧は極めて薄めであった。
 そうして浴衣は、一見、最近のカラフル浴衣のように見える生地のものであったが、藍色の地に白と赤と緑を使って大胆に図案化した水辺の花を描いたモダンな和柄で、今風の小粋さと大人びた落ち着きが感じられる品であった。帯は臙脂に近い赤一色の半幅帯を変形の文庫結び(垂れを長めに取って結び目の上に重ねるように仕上げる感じ)にして、帯締は山吹色の三分紐であった。
 踝よりやや短めの丈に着て、おはしょりは長くもなく短くもなく、ぴしっと線が決まっており、衣紋の抜き方も多過ぎず少な過ぎず、白い襟足に掛かる僅かな後れ毛が何とも艶っぽく、一見して全てが「良えなぁ……」と感じられて、一瞬思わず見とれてしまった。
 ただ、唯一、残念でならなかったのは、足元である。赤い鼻緒の塗り下駄は素敵だったのに、履いておられた白いレースの足袋が何だか暑苦しい感じで、そこだけが妙に浮いて見えてしまい、全体の仕上がりを損ねているような気がしてならなかった。もしも、素足に塗り下駄を履いておられたなら、あれはもう、この夏最高の「完璧な浴衣の装い」として、長くお手本にしたいものになった筈である。
 レース素材というのは、何とも不思議なものである。使い方によって、豪華に見えたり、涼しそうに見えたり、品よく見えたり、下着っぽく見えたり……種類によっても異なって来るが、矢張り、その使い方は非常に面白く、かつ難しいものであるように思う。和装に用いる時には、特に注意すべき素材であるだろう。実際、最近は様々な色のレース足袋が開発されているけれども、私には、そのどれもが「買いたい」「履いてみたい」という気持ちに結びつかないし、どう履きこなせば良いのか、皆目見当もつかない。
 あんなに素敵に今風の浴衣を着こなしておられる方であったのに……余りに惜しい。もしかすると、何か、素足を隠したいご事情でもお持ちであったのだろうか。それならば、決して他人がとやかく言うべきことではないのだけれども……。

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2009年8月24日 (月)

“日常の和装”に憧れる思い・11

 先日、通勤電車で、たまたま和装の老婦人と同じ車両に乗り合わせた。
 七十絡みの方で、白地に赤と青と黒の絣模様が入った単衣の着物を心持ち短めに着て、帯は小豆色の総絞りをお太鼓結び、帯締は濃紫に細く白の線が入ったもの、半衿は少しごわごわした感じの生地。足元は白のタビックスに踵が4cmほど余る位の小さめの草履。この草履は、樺色の地に紅型風の赤や緑の模様で、鼻緒は象牙色に赤い小花柄で赤い縁どり――といったものであった。
 左手には白抜きの横文字が入った黒い大ぶりの帆布製ぽいトートバッグ、右手には錆びて骨の曲がったビニール傘。袖口からは肌襦絆の筒袖のレースがはみ出し、衣紋は殆ど抜かず、おはしょりはかなり長めで少々膨らみ気味。半分くらい白髪の混じった髪を後頭部で一つにまとめて白い布ゴムで括っておられた――。
 一見して、何と言うか……着物を着慣れておられるのか、不慣れでいらっしゃるのか、よく解らない印象の方であった。もしかすると、余りに日常的に着ておられる為に、細部に無頓着になっておられるのだろうか、という気もした。
 これまで、年配の方の着物姿を拝見する度、それが日常風のものであっても、よそ行き風のものであっても、大抵の場合は「憧れを抱くこと」が多かったので、今回は少々、いつもと違う勉強をした思いである。
 しかし、私のような和装超初心者でさえ、何げなしに二、三度ちらっと見ただけで、これだけの箇所を記憶している。「あ、着物の人!」と注意を引かれた瞬間、普段から自分が余り自信の無い箇所や、特に興味のある部分に、つい目が行ってしまうし、何か和装のコツのようなものを真似出来ないかなぁ……と考えて見てしまう。
 もしかしたら、和装に対する周囲の目は、これと同様、想像以上に「チェックが厳しい」のかも知れない。それはそれで、ある意味「張り合い」にもなるし、適度な緊張にも繋がって良いと思うのであるが……。
 実は今日、やっと遅れ馳せの夏休みを貰えたので、ホテルのラウンジでピアノ演奏をしている知人を訪ねるのに、久々に頑張って和装で行こうかと思ったのであるが、道中、一体どれだけ「無言のチェック」を入れられるだろうかと――暫く着るのをさぼっていたこともあって――ちょっと躊躇され、結局、夏のスーツで行って来たあかんたれの私である。
 まだまだ、自信がない証拠である。ちょっと気を入れて頑張ろう……。

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2009年8月22日 (土)

二つの半袖ワンピース姿を見比べて感じたことなど・後

 ある日、肌色のストッキングの上から足首丈の黒いスパッツを履いてスカートで出勤した所、当時の上司から「それは恰好悪い。やめとき」と言われ、翌日から黒のストッキング+スパッツ+ズボンに変えた――ということがあった。
 私がそういう履き方をしたのは、単に厚手のタイツを履くと入る靴がなかった為であったが、確かに、足首までしかないニットのスパッツは、家では「毛糸の股引」と言われる程に不評であったし、足首だけを露出するスパッツには、どこか祖父の「ラクダのパッチ」に似た印象があり、どうしても私の中で「スパッツ=下着=見せるべきではないもの」という図式が成立することになったように思う。
 話を戻して、今回は、スパッツではなくジーパンであったから、「下着を見せて歩いてるみたい」な印象はなかったのであるが、相応の丈があるワンピースの下に、更にジーパンを履くか履かないかで、あれだけ印象が変わるのだということを、実感出来た思いであった。
 今月の初めに、これも通勤電車の同じ車両に、白地に大きい赤いバラの模様が一杯入った、ジョーゼット地でちょっと短かめの半袖ワンピースを着た高校生くらいの子が、お母さんと乗って来たことがあった。そのワンピースが物凄く可愛いくて、よく似合っていて、姿勢も良くて、何よりも夏らしい感じがして、なかなか素敵であったのをよく覚えている。
 髪には大きな赤い造花を飾り、同じ造花が鼻緒に付いたビーチサンダルを履いていたのだが、先に覗く足爪が自然のままで綺麗に切り揃えてあって、すっきりと涼しそうに見えた。斜め掛けのショルダーバッグは、生成り色のレース編みであったが、あの子の好みか、お母さんの助言もあったのだろうか。本当に素敵な夏休みファッションであった。
 ただでさえ暑い季節、装飾過剰も露出過剰も、周囲の「暑苦しい」「品がない」云々といった負の印象に繋がってしまっては、折角の装いが台無しであろう。矢張り、和装であっても洋装であっても、周囲に「涼しさ」「夏らしさ」「気分良さ」を感じさせることに成功してこそ、本当の夏のお洒落なのではないだろうかと思う。
 そうして、ワンピース+ジーパン、のような、片方(ワンピース)だけでも完成される可能性のある装いをする場合は、丈などに気をつけて中途半端な印象にならないようにすることも大事なのではないか……と、偉そうにも考えてしまったことであった。

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2009年8月21日 (金)

二つの半袖ワンピース姿を見比べて感じたことなど・前

 今朝の電車内で見た、二人の女性(いずれも20代半ば位)の服装は、私のような素人の目にも、非常に比較対照し易いものであった。
 どちらも、ジョーゼット地の膝上5cm位の丈の半袖ワンピースで、片方は白地に一面、赤やピンクの可愛い花模様、片方は黒地に一面、直径3mm程の白い水玉模様であった。
 違っていたのは、花模様の女性は更にその下にジーパンを履いて、裾を膝まで折り上げていたこと、水玉模様の女性はワンピースのみであったこと、である。
 ワンピースの柄は、どちらも私の好きな種類の花模様であり水玉模様であった。しかし、二人の姿を比べて見て、私が「良いなぁ」「真似てみたいなぁ」と感じたのは、水玉模様の女性の方であった。
 無論、好みもあるだろうが、私がそのように感じた、両者の決定的な違いは――「素足の見せ方の潔さ」とでも言うか、それによって「涼しげ」な印象が左右されたことであった。
 下着が見えそうな位に短い丈のワンピースもどうかと思うが、適度なミニ丈であれば、ジーパンやスパッツで中途半端に太股や膝を隠すと、返って不自然な感じがしてしまうように思う。
 ワンピースの丈が短くて、どうしてもジーパンを履かないと恥ずかしいのであれば、ベルトなどで調節して、更に丈を短かめにすれば、チュニック+ジーパンのようにも見えてすっきりした印象に映ると思うし、そもそも、膝が見える丈のワンピースをわざわざ買わなくても良いのでは、と思うのであるが……。
 これまでからも、ワンピースとして着られそうな丈のチュニックに、ジーパンを履いている人を見ると、何だか「ジーパンを履いているのを忘れて上からワンピースを着てしまったような感じ」がして、妙な違和感を覚えたし、短い丈のチュニックの下に、膝や足首までのスパッツ(特に、レース付きのもの)を履いた人を見ると、何だか「上にズボンを履くのを忘れて出て来たみたいな感じ」がしてならず、それについては以前にも少し書いたし、複数の人から「あれはどうかなぁ」という声も聞いている。
 少し話題が逸れるが、あれから更に、普段の装いの中でスパッツ姿を目にする機会が増えて来ているけれども、私の感覚では、スパッツは元々、防寒用にズボンの下に履くもの、スポーツやダンスをする人が脚部の保温の為に履くもの、といった印象が強い。
 もう随分前の冬に、ニットのスパッツが流行した際のことを思い出す。

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2009年8月11日 (火)

ガーター式ストッキングによる防暑対策のことなど・続

 先日書いた、ミス・ユニバース日本代表の衣装に絡み、その批判的意見の中に「ガーターベルトは売春婦の象徴」というものがあって、少々引っ掛かってしまった。
 昨年、ガーター式ストッキングによる防暑対策のことなどを書いたが、今年の夏もまた、その恩恵を連日被っている私としては、少なからず異論を申し述べたい気がする。
 確かに、あの問題になったナショナル・コスチュームでは、特にショッキングピンクのガーターベルトとストッキングとが、極めて強烈な印象を放ち、ただでさえ凄まじい衣装により一層の衝撃度を加えていたし、大体が、普通なら人には見せない筈のもの(下着)を露出させ、更に派手な色あいと意匠で強調しているのであるから、どんなに冷静で平等な目で見ようとしても、そこから「上品さ」や「気品高さ」を感じ取るのは、確かに無理であった。
 しかし、だからと言って「ガーターベルトは売春婦の象徴」と言い切ってしまうのは、どうであろうか。
 パンティ・ストッキングが開発されるまでは、うちの母や伯母を始めとして、殆どの日本女性がガーター式ストッキングを愛用していた筈である。あのような言い方をされると、母や伯母も含めた当時の女性までもが、全て非難されているような気がして、何とも良い気分はしない。見えない所に何を履こうと、それこそ個人の自由であろう。
 ガーター式ストッキングは、何と言っても非常に涼しいし、ショート・ストッキングの類と違って、通勤電車で立っている最中に腿やふくらはぎを汗が伝い落ちる気味悪い感触に悩まされることもない。同じ色柄のものを揃えておけば、片方が破れても、そちらを履き換えるだけで済むから経済的だし、替えのストッキングも大して嵩張らない。
 確かに、履いた状態は、多少は気恥ずかしい感じもするが、あくまで下着なのであるから、誰に見せる訳でもないし、誰に迷惑を掛ける訳でもない。ちょっと前までは誰もが履いていたものでもあり、自分が気持ち良く履けて経済的で楽なのであれば、何ら遠慮や気がねをする必要はないだろう。
 今、流行りの「エコロジー」という言葉を無理に使うならば、「ガーター式ストッキングで、見えない所にエコ・ファッション」何てキャッチ・フレーズで、もっと一般にもその良さを広めるべきではないだろうか。あの衣装を批判した「売春婦」の一言が、ガーター式ストッキングの復権を妨げることのないように、切に祈っている。

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2009年8月 9日 (日)

“日常の和装”に憧れる思い・13

 この夏、目にした和装の中で、最も素敵に思える夏着物に出会ったのは、つい先日の百貨店の地下食料品売場であった。
 和洋折衷のお惣菜売場で、私の隣に並んでおられた初老の女性が着ておられたのを、支払いをしながら横目でちらちらと盗み見させて戴いた程度なのだが、それはもう、一目で「良えなぁ……」と、目がハート型になりかける位、素敵な装いだったのである。
 私よりも少し背の低い方であった。藤村志保さんをもっともっと小柄にしたような感じの方で、品の良い栗色に白髪が混じった髪は、後ろで捩り上げて装飾のない茶色の透明バレッタ(鼈甲風)で留め、薄い紫の眼鏡(サングラスではなく、普通の眼鏡であった)を掛けておられた。
 お着物は、やや渋めのライラックぽい淡紫の絽の色無地(私の結城紬に近い色あい)で、真っ白い絽の半襟が品良くきりりと映り、帯揚は水色の絽、帯締は紫に細い金の線が入った軽やかなメッシュぽい素材のもの、帯は白地の絽に涼しげな流水の模様が描かれたものをお太鼓結び。足元は普通の白い足袋に淡い水色の鼻緒の雪駄であった。
 左の手首には腕時計をはめておられたのだが、これが実に印象的であった。ベルト部分が、五色くらいの淡い色のビーズを、一cm位ごとに色を変えながらレースのように編んだ、非常に可愛いらしく涼しげな品で、文字盤は長方形で枠や金具は金色。一見、お孫さんが着けていてもおかしくない程に愛らしい意匠の腕時計なのに、淡紫の絽の袖口からちらちら覗くのが何とも素敵で、しかも本当に良く似合っておられて、思わず「欲しいなぁ……」と見とれてしまった。お茶席に入る時などは、時計・指輪の類は厳禁であるが、日常に和装を楽しむ時には、別に決まりはないようだし、帯に挟む懐中時計も楽しいけれども、こういうのも良いなぁ……と、またもや「人様のものが何でも良く見える虫」が騒ぎ始めた。
 日頃から、和服を着慣れておられる方だったのであろうが、恐らく、ああいうのが「自然でありながら隙のない日常の着こなし」と呼ぶに相応しいのではないかなぁ……と、しみじみ感じたことであった。
 それにしても、この夏は「自分はとうとう着る機会がなかったけれども、色々な夏着物と遭遇出来て、随分と面白く過ごすことが出来た」ような気がする。ここの所、本当にさぼり気味であったけれども、そろそろまた、練習を再開しようかな……と考え始めている今日この頃である。

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2009年8月 2日 (日)

ミス・ユニバース日本代表の衣装に思う・後

 製作した人(デザイナー)の意識、支持する人(プロデューサー)の意識に加えて、私が最も疑問に感じたのは、着る人(ミス・ユニバース日本代表)の意識である。
 彼女は、この衣装を日本代表である自分の存在を最高に引き立ててくれるものとして、十分に理解し納得し信頼し、自信を持って身に纏い、発表会に臨んだものであろうか。或いは、和装や日本文化に対して相応の知識を備え、自分なりの美意識をしっかりと持った上で、この衣装を自らに受け入れ、共に世界に挑もうと確かな決意を固めて、その姿を公の場で披露したのであろうか……。
 日本女性の代表として、世界の舞台に立つ――全世界の注目が一身に集まる彼女の立場が、どれほどの緊張や恐怖を伴うものであるのか……素人の私には、想像もつかないものではあるけれども、少なくとも、一国の「美の代表」を自負すべき立場であるからには、それ相応の決意や覚悟はあって当然であろうし、それを周囲から要求されることも必然であろう。
 国際的な規模で開催されるこの手のコンテストでは、特に、外見の美しさに加えて、内面的な要素も重視されるものであると聞いている。それだけに、どんなに見た目が美しくとも、教養や知性や信念や感性や社会性といった諸要素をきちんと備え、人間的に優れた女性でなければ失格であり、それを何よりも物語るのは、ミス・ユニバース発足の逸話である――と聞いた覚えがある。そうした開催の理念と照らして、今回の衣装を検証してみれば、答えは自ずと見つかるように思うのであるが……。
 日本女性としての自分の全存在と実力の全てを賭けて、厳しい選考をくぐり抜け、この栄えある資格を勝ち取ったのであれば、こうした形で自国を代表するのだという意識や誇りや気概だけは、絶対に忘れてはならないものではないだろうか。
 彼女は本当に、それら全てを踏まえた上で、あの衣装の着用を自ら承認し受容し、我が身を包んで衆人の前に立ったのであろうか。残念ながら、記事には彼女自身の意見に関する記述は無かったのであるが……。
 せめて、日本代表としての意識と誇りと気概があるならば「この衣装を着て全世界の人々の前に立つくらいなら、出場を棄権します」と言い放ち、着用を断固拒否する凛とした勇気を見せることが出来る位の人物であって欲しかった。
 伊東絹子さんや児島明子さんは、この事件をどのようにご覧になっただろうか……。

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2009年8月 1日 (土)

ミス・ユニバース日本代表の衣装に思う・前

 今日はPL花火大会当日で、またもや様々な浴衣姿を目にすることになったのだが、折も折、一緒に食事をした友人から、今年のミス・ユニバース日本代表の衣装(ナショナル・コスチューム)が「無茶苦茶ひどくて問題になっている」という話を聞いた。更に、帰宅してから26日付のブログに付けて戴いたコメントで紹介されていたURLのページを見てみると、これが偶然にも同じ事件の扱われたMSNのニュースサイトで、お蔭でその詳細を知ることが出来た。
 その衣装の発表会があったのは22日、MSNのニュースは28日の午後2時前に登録されている。新聞には目を通していたつもりだが、この記事は見落としていたようである。
 それにしても、恐ろしい衣装である。一言で言うなら「黒い鞣革製の振袖の裾をお臍の下10cm辺りからばっさり切り落とし、ショッキング・ピンクのガーターストッキングを露出し、10cm以上ありそうなハイヒールを履いている」――といったもので、もう「過激」という段階も通り越した、見るに耐えないまでに凄まじい姿である。
 結局、余りの不評を恐れてか、この衣装の使用は見直されることになったようであるが、それにしても、記事にあるデザイナー氏の確固たる信念と、それを全面支持する事務局プロデューサー氏の意見には、本当に戦慄めいた思いを覚えた。
 同記事によると、デザイナー氏はこの衣装を《「着物は奥ゆかしき日本人女性の象徴である」という現代の日本人が作り上げた妄想と、「着物は未来永劫変わってはならない」という、これまた現代の日本人が勝手に作り出した不文律の否定》であると主張しておられるそうなのであるが、素人の私の目には、そんな「一見、高邁そう」な信念から生まれた代物であるとは到底見えない。「和服再興」どころか「伝統文化の否定と冒涜と破壊」であるように思える。趣味の悪いおふざけの方がまだましかも知れない。
 確かに私も、和装への興味が再燃し始めた昨年以降、年配の「和装の大先輩」から、せっかく抱いた興味を殺がれ、和装を楽しむこと自体を否定されるようなことを色々と言われ、深く傷つけられもした。しかし、それらは確かに不快なことではあったけれども、個人レベルの「和服再興」には大して影響を及ぼすようなものでもなかった。
 しかし、この事件は――余りに舞台が大き過ぎる。何と言っても、ミス・ユニバースである。それだけに、背筋を冷たいものが走ったのである。

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2009年7月28日 (火)

浴衣に寄せる思い・その5

 お正月や成人式の振袖に関しては「着物に着られている」という感じの子も多く見受けられるが、昨今目にする浴衣に関しては「着る」「着こなす」以前の問題があるように思われてならない。
 例えば、昔ながらの白地や紺地の浴衣の良さもちゃんと把握した上で、「でも、今風の素材や色や柄行きの浴衣も私好みだから」とか「夏だし、たまには冒険して、大胆な色柄に挑戦してみようかと思って」とか、そういった理由で、ああいったカラフル浴衣を選ぶのであれば、まだ理解は出来る。或いは、何万も何十万もする有名な木綿生地で仕立てた国産の手縫い浴衣でなければ「そんなもの、浴衣とは言えない」何て、冷たい目で見下ろすような底意地悪い輩に、ひどく嫌な思いをさせられたことに対する反抗からでもあると言うのであれば、これも解る。(似たような思いを、私もさせられたことがある……)
 しかし、もしも、テレビや雑誌で見たままを「あんなのも“あり”なんだ」と思い込んだり、それが当たり前の着方であるように誤解したまま、何も考えずに真似て着て満足していたり、「気軽に着るものだと言うんだから、好きに着て何が悪い」と開き直ったり――まさか、そんな安易なことはしていないだろうが――もしも、そうなのであったら……何とも寂しいことである。
 装いにも、それ相応の「自分なりの美意識」を持つことは大切だと思う。そうして、洋装にしても和装にしても、基本を知り、特徴を把握し、節度を弁え、TPOを心得た上で、初めてそれぞれの個性を加えて自由に楽しむことが出来るのではないだろうか。特に、お祭の日の浴衣のような、普段とは違う「特別な装い」であれば、尚更なのではないだろうか。
 また、夏の装いの場合は、「素敵に着こなす」「格好良く着る」といった意識に加えて、「自分も涼しく、傍目にも涼しげに映るように着る」――そんな心配りが出来てこそ、初めて周囲の人々に「良いなぁ」「素敵だなぁ」「真似してみたいなぁ」……と、好もしく心地良く感じて貰えるのではないかという気がするし、自分さえ良ければいい――とばかりに、その姿を見た人が「ただでさえ暑いのに、余計に暑苦しい気分になった」と感じてしまうような着方をしてしまっては、折角の浴衣が可哀想に思われる。
 同じ「今風のカラフル浴衣」であっても、もっと「さらり」と「きりり」と「すっきり」と着こなす術は、幾らでもある筈だと思うのであるが……。

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2009年7月27日 (月)

浴衣に寄せる思い・その4

 浴衣の「着方」という面から少し書き足したいことがある。足(足首から先)と、手(手首から先)と、顔(首から上)以外の部分の露出についてである。
 天神祭に向かう女の子らが、まるで幼児のように、膝近くまで裾をたくし上げ、両足をにょきっと出して「つんつるてん」に着ていたのは、歩き易さや涼しさを期待してのことなのだろうか。そう指南する人でもいるのだろうか。
 通常の丈に着ていても、歩く度に裾から風が入るから十分に涼しいし、翻った裾からちらりと覗く素足は、同性から見てもどきっとする位に艶めいて素敵であるが、最近の子らは、そういう魅力に対しては、余り関心を向けないのであろうか。
 また、団扇を片手に持ってばたばた扇ぎつつ、もう片手の袖を肘の上までたくし上げてバッグを掛けている――という子が結構多かったが、着物を着て肘を出すのはお行儀が悪い、と、誰も教えてくれなかったのだろうか。
 半袖のブラウスから覗く肘と、着物の袖をまくって見える肘とでは、同じ肘でも全く印象が異なる。着物の場合は、まるで喧嘩を売っているように見えてしまうのである。そのようなことは、想像したこともないのだろうか。
 露出という点では、膝や肘ばかりではない。両肩がはみ出そうな位に浴衣の衿を思い切り広げて着た二人組を見た時には、もう「助けて~」と叫びたくなった。着崩れて胸元が開いて来たのではなく、明らかに最初からそういう着方で出て来ているのである。
 大概のイブニング・ドレスは、どんなに肩が大きく開いていても、まず下品に見えることはないように思う。しかし、これが振袖や浴衣となると……。
 一昨年度の卒業式に、濃色地の振袖を、まるで花魁さんのように、胸元を広げ肩が見えそうな程に衣紋を抜いて着て来た卒業生があった。花魁さんの衣装でも、相応の女優さんが装えば品よく華やいで映えるものであるが、その卒業生の場合は、着慣れていないこともあったのだろうが、余りに浮き上がって場にそぐわず、品のないことこの上なく、痛々しい位に悪目立ちしていた。若い同僚は、事も無げに「『さくらん』の真似してるんですよ」と言ったが、私には「錯乱してるんやないか?」としか思えなかった。今回の子らは、浴衣版『さくらん』をでも気取っていたものだろうか。
 矢張り、浴衣と言えども“和装”する以上は、最低限の決まりごと程度は知って守って着て、それから楽しんで欲しいものである。

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2009年7月26日 (日)

浴衣に寄せる思い・その3

 昨日、25日の天神祭当日――土曜出勤の後、発泡ワインのセミナーに滑り込み参加して、昼日中から実にふわふわと心地良い気分で心斎橋筋をそぞろ歩くうち……擦れ違う「カラフル浴衣姿」、いや、どちらかと言えば「カラフル浴衣もどきファッション」とでも呼べそうな姿の女の子たちを見るにつけ、段階的に酔いが醒めて行ってしまった……。
 今年もまた「つんつるてん」のオンパレードに加え、玉蜀黍の毛のような色の髪を洋装時と変わらない派手な形に作り、目の回りを異常なまでにくっきりと描く最近流行の濃化粧、更には実に暑苦しげな装飾過剰の帯、異様に大きな花などの髪飾り、そしてビーチサンダル……といった姿が多く見られた。戎橋筋を越えて難波に至るまで、遂に「涼しげな浴衣姿」には全く出会うことがなかった。
 あの、作り帯の上に、更にシフォン地の兵児帯を重ねて大きく結び、まるで七五三用の作り帯をもっとごてごて飾り立てたように仕上げる帯結びは、一体、誰の発案から始まったものであろうか。はっきり言って……見ていて暑苦しいことこの上ない。加えて、アーケードの吊り広告のモデルさんが、浴衣に赤い伊達衿を付けているのを見た時には、「最近の夏の装いから“涼しげ”という概念は駆逐されてしまったのだろうか……」と、悲しくなって来た。
 今年は流石に、厚底ブーツの子は見なかったが、裾がマーメイド・ドレスとフラメンコの衣装を足したような形状になっている浴衣を見た時には、もう「素直にサマー・ドレスを着て欲しい……」と切実に思った。洋服地で仕立てた着物にも素敵なものがあるし、着物地や帯地を巧みに使ったドレスには今も憧れる。しかし、余りにちぐはぐ過ぎるアレンジは、単なる奇衒いで終わってしまいそうな気がする。
 帰りの車内で、中年のご夫婦連れを見かけた。奥様の方が浴衣姿で、茶色っぽい地に渋めの臙脂や紫で大きめの花模様を描いた、ちょっとモダンな雰囲気の品であった。帯は落ち着いた感じのピンク。髪は簡単なアップ、美装しない素足に雪駄、手には薄茶色の奈良うちわ、和柄の巾着は手先に持って――なかなかに好感の持てる姿であった。帯結びは、ごく普通のリボン結びであったが、座席の背でぺちゃんこに潰れていたことだけが、少々残念であった。
 浴衣ぐらい、「さらり」と「きりり」と「すっきり」と着て欲しい――毎夏、偉そうにもそんな風に感じてしまう「天神さん」の宵である……。

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2009年3月12日 (木)

革手袋雑感・再

 今日の産経の朝刊に、向田邦子さんの「手袋をさがす」に絡む記事が掲載されていた。
 一昨年の晩秋頃であったか、革手袋を巡る雑感を書いた時、ふと思い出して触れた随筆である。1976年の《PHP》夏季増刊号に掲載され、1981年10月発行の単行本『夜中の薔薇』に収録されている。
 向田さんが22歳の時、気に入った手袋が見つからず、その性格故に適当な品でお茶を濁すことを良しとせず、一冬を手袋なしで過ごした際の顛末を中心に、自身の生き方に対する考えにまで言及しておられる一編である。
 意地になったように手袋をはめずに通勤を続け、その為に風邪をひいても、母親に叱られても、上司から暖かく注意されても妥協することなく――返って、その上司の言葉をきっかけに、「ないものねだりの高のぞみが私のイヤな性格なら、とことん、そのイヤなところとつきあってみよう」「反省するのをやめにしよう」と決め、翌日から求人欄を当たり、転職し、やがてシナリオ作家となり……なお様々に不満を抱きながら、今だに「手袋をさがしている」ということを「たったひとつ私の財産といえる」と書いておられる……。
 向田さんほどに、意志も個性も生き方も「強い」女性であればこその文であると、読む度に思う。私のような「あかんたれ」にはとても真似出来ないし、向田さんのようにはなれない自分が、むしろ自分らしく思われる。
 で、そのような私が、私なりに探し続けている、気に入った手袋は――例えではなく、本物の手袋は――目下の所、まだ見つかっていない。
 前にも書いたが、私が欲しいのは、裏地の付いていない羊革の手袋である。百歩譲って牛革でも良いのだが、とにかく、一重仕立てのものでないとうまく手に馴染まず、横着に「手袋をはめたままで定期を出し入れ」したりすることが出来ない。
 しかし、最近の手袋売場には、どういう訳か裏地付きの革手袋しか見当たらない。店員さんに訊ねてみても、「最近は裏地付きばかりになっておりますねぇ……」という答えが返って来るばかりである。中には「(裏地があっても)革は手に馴染みますでしょ?」と仰言る店員さんもあるのだが、店員さんの「馴染む」と私のそれには、感覚的なずれがある。
 結局、私は今年も「お気に入りの手袋」に巡り会えないまま、冬の季節を終えようとしている。来年こそは巡り会えるか否か……それもまた、気長な楽しみの一つと考える、呑気な私である。

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2008年12月21日 (日)

久々の「履けるロングブーツ」探し――難航中……

 今夏以来、スカートを履く回数が増えて来てから暫くは、当然ながら足元が「すーすーする」感覚になかなか慣れられなかったものであるが、それから半年の間には徐々に平気になって来て、些細な変化ながら妙に感激を覚えてしまった。少々大袈裟に言えば、それは、これまでになかったことを試みて、ある意味「変わることが出来た」自分に対する驚きと喜びでもあった。
 しかし、本格的に寒くなりつつある昨今、せっかく慣れた「すーすー感」が、今度は「冷えびえ感」として甦って来てしまった。ズボンであれば、足首まで生地に覆われるし、下にスパッツを履き込むことも出来るが、当然ながらスカートでは無理である。気に入ったハイソックスも持っていない。タイツの上から恰好良くレッグウォーマーを履いておられる方もあるが、私がやると全く「毛糸の脚絆」になってしまう。(因みに、MIQさんのライブには、何と銀ラメ入りのタイツを履いて行った……)
 そんなこんなで、最近、無性に欲しくなって来たのが、膝くらいまである長ブーツである。ズボン一辺倒になってからは、大して必要も感じず1足も買っていないし、2~3足持っていた短ブーツも、履かないでいる間に合皮が傷んだり金具が壊れたりしてしまった。
 で、折角スカートを履くようになったのだから、取り敢えずは手頃なものを1足だけ買おう……と決心し、靴屋さんを覗きに行ったのだが……これが、実は非常に難問であることが、程もなく判明した。
 欲しいのは、装飾のない膝くらいまでの内側ファスナー式のもの(編み上げ風の飾りなら付いていても可)で、踵は3cmまでで接地面が広め、色は黒か焦茶――で、これらを満たす型の製品は割合に置いてあるのだが、いざ、私の足のサイズ(22.5cm)に合うものを試し履きしてみると……悉く、ファスナーがふくらはぎの途中までしか上がらない……。
 昔、知人の目撃談で、高価な革のロングブーツを試し履きしていた人が、店員さんの助けを借りて無理矢理にファスナーを上げた次の瞬間、ファスナーならぬ革の部分が上から下まですーっと裂けて、ご本人も店員さんも凍りついた――という怖い話を聞いているので、「上がらない」と判明した時点で断念。何足か試してはみたのだが、いずれも駄目であった。
 まだまだ探し足りないのかも知れないが、この冬、私が履けるブーツに巡り会えるかどうかは……最早、ひつじのみぞ知る。ははは。

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2008年12月18日 (木)

総ゴム仕様のスカートに厚く感謝を込めて……

 思えば「一人で喫茶店に入るプロジェクト」の頃から、久々に履き始めたスカートであるが、一番困ったのは勿論、腰回りのサイズであった。
 大体に於いて、昨年「着物を着てみようか」と思い立ったのも、同窓会に着て行く予定だったスーツのスカートが、軒並み入らなくなっていたからなのである。かと言って、このままの体型を維持するのは健康上も良くないだろうし、出来たら目標数値(無論、標準体重の範囲でだが)くらいまでには目方も落としたい。そうなると、今しか着られないサイズの洋服(特にスカート)を、慌てて買い込むのは少々勿体ない気がする……。
 そんな私の強い味方になってくれたのが、ウエスト部分が総ゴム仕様になっているスカートである。この夏以降、総ゴムで洒落た感じのスカートを探すことが、まずは大きな課題となった。
 探してみて初めて気づいたのだが、総ゴムのスカートを扱っているお店は案外少ない。また、扱っているお店であっても、スカート売場全体に占める総ゴム仕様スカートの割合は、その一割にも満たない場合が多い。それでも、そのごく限られた範囲の中から、色、柄、素材、型、長さ、等々、好みの品を掘り出して行く作業は、なかなかに楽しいものである。
 一口に総ゴム仕様と言っても、綿の花柄、ニットのフレア、化繊の水玉柄、レース重ね、ベロアの総襞……と、普段用のものからちょっとした外出に使えそうなものまで、思いのほか様々に揃っている。また、最近のものには幅広のゴムが使われている場合が多く、非常に履き心地が良くて、履き姿も結構すっきりと映るのが嬉しい。
 それにしても――大体が、体型など人によって千差万別であり、しかも常にある程度は変動し続けるものであることなど、誰もが知っている筈であろうのに、何でまた、既成のスカートの腰回りは、58cm-63cm-66cm-69cm-72cm……と、何センチ刻みでかっちり決められているのだろうか。体型に合う衣類を選ぶのではなく、衣類の規格に体型を合わせなければならないというのも、何やらおかしな話である。基本的にフリーサイズで、どんな腰回りの人にもすっきりとお洒落に着こなせるようなスカートがどんどん開発されて、それが主流となって行けば良いのに……。
 ともあれ、総ゴム仕様のスカートのお蔭で、この秋のMIQさんのライブには洋装で参加することも出来た。改めて、総ゴムのスカートに厚く感謝したい思いである。

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2008年11月15日 (土)

ファッション・センス皆無の目にも気になる或る流行

 今年よく目にする女性の服飾で、どうにも気になってならないものがある。それは「スパッツの奇妙な露出」――とでも言おうか……。下に防寒用の長いガードルを履いてズボンを履き忘れて来たような、或いは、既にズボンを履いているのを忘れて上からスカートまで履いて来てしまったような……そんな装いが、殊更に目について仕方ない。
 これには、チュニックの流行も加わっているのだろうか。例えば、短かめのチュニックの下が、ズボンやジーパンではなく膝下丈くらいのスパッツであった場合、ズボンを履き忘れているような感じがしてしまうし、ワンピースとして通用しそうな長めのチュニックの下に、踝までのスパッツを履いている場合、スカートとズボンをいちどきに履いてしまっているように見えてしまう。
 また、スパッツ自体は、タイツとズボンの中間くらいの性格を持つものであるように思うのだが、最近流行りの裾にレースの付いたスパッツは、どう考えても下着の域に属するものであるように感じられてならない。それ故に、下着が見えている(敢えて見せている(?))ような、違和感と言うか、だらしない感じと言うか……何とも言えず中途半端なような、潔さに欠けるような思いを覚えてしまい、見ていてどうにも落ち着かなくなってしまうようである。
 一体、いつ頃、どの辺りから流行り始めた姿なのであろうか。これが、厚手のストッキングにミニスカート、長めのガードルにそれが隠れる位の丈のワンピース、といった従来から見慣れた出で立ちであれば、別に何の違和感も覚えず、多少の奇抜さも個々の好みと理解出来るのであろうが……。
 以前、ある年輩の婦人から、和装に絡んで様々に「考えさせられる」言葉を聞いた(いずれ、この雑記にも書くつもりである)、その中に「夏でも冬でも、着物で外に出る時には、羽織やコートを着るもの。着物だけで出掛けるのは、下着で歩き回っているのと同じ」――というものがある。失礼ながら、私は、この考え方には賛同出来ないのだが、しかし、レース付きスパッツに関しては、どうしても「下着見せて歩いてはるみたい」な感覚が拭えない。
 ファッションは個人の自由、と言われればそれまでであるし、自分がその手のセンス皆無の人間であることは重々承知しているけれども、ああしたスパッツ使いは、とてもではないが「恰好良い」「真似てみたい」と思える姿ではない……。

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2008年11月 3日 (月)

生まれて初めて髪を染めること・下

 生まれて初めて髪を染めた自分の姿は――まぁ、普段とさして変わらない感じであった。
 ただ、想像していた以上に「オレンジ色に染まった部分」が多い気がしたのには、少なからず驚いた。元々、髪自体が太いので、一本の白髪でもかなり目立ったのだが、最近は「急に増えたなぁ……」と感じてはいたものの、何と言っても普段から見慣れている部分も多いから(若白髪は小学生の頃からあった)、大して気にならなかったのかも知れない。それが、今回初めて見慣れない色に染めたことで、その現実の量を改めて実感することになった訳である。(因みに、ヘンナは白い髪を赤系の色(=オレンジ色)に染めるだけなので、黒い髪は染まらずそのままである。その点も気に入っている)
 反省点も色々とある。「やってみて初めて判った」ことも多く、色々と勉強になった。矢張り、何事も経験――ということであろうか。
 少し恐かったのは、染めた翌日、パッチテストで大丈夫であったにも関わらず、顔に蕁麻疹のようなものが出たことである。じきに引いたものの、気のせいか僅かに痒みも感じられて、「合わなかったのかなぁ……」と、ひどく残念な気持ちになった。取り敢えず、もう一度――今度はお湯だけでなく、石けんシャンプーで洗ってみると、何と、泡がオレンジムースのような色に染まった。矢張り、シャワーのお湯だけでは洗い流し足りなかったのか、最初から塗布する量そのものが多過ぎたのか……。
 そう言えば、塗って2時間後、洗い流して乾かした時に、多少のごわつきを感じたし、ヘンナの匂い自体も結構残っていた。何と言っても初めてのことであるから「こんなものなのかなぁ……」と、考えていたのだが……。幾ら植物と言えども、刺激性もあれば合う合わないもある。次からは、お湯で洗い流した後、すぐにしっかりとシャンプーするとか、顔面をオリーブ油等で保護しておくとか、使用方法に紹介されていない、自分に合った自分なりの方法を考えて行くことも必要かも知れない。(しかし……ヘンナでさえもこうなのだから、もしも、最初から化学薬品を使用していたら、一体どんなことになったか――それを思うと、身内がぞっとする)
 ともあれ、初の私の毛染め体験は、こうして終わった。今後は、更に効率的に楽しく、そして安全に、せっかく出会えたヘンナと長く付き合って行けるよう、頑張って行きたいと思う。

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2008年11月 2日 (日)

生まれて初めて髪を染めること・中

 次は、前夜に溶いて作ったヘンナ(カラートリートメントR 指甲花)のペーストを、いよいよ髪に塗っていく段階である。髪はいつもの通り、石けんシャンプーで洗って酸性リンスで中和させ、タオルとドライヤーで乾燥させてある。
 何と言っても初めての経験――妹の助言で周囲に新聞紙を敷き、更に、毛染め用のケープと手袋を着けて作業を開始する。(因みに、ポリエチレンの毛染め用ケープは、原則として使い捨て――と書かれていたが、私は化学薬品を使う訳ではないので、多少汚れても水拭きして何回か繰り返し使用するつもりでいる)
 適当に分けた髪に、刷毛で掬ったペーストを塗って、櫛で伸ばして、指先で揉み込む――これを何回も繰り返すのだが、慣れないことでもあり、結構な時間を食ってしまう。後ろの髪は、見かねた妹が手伝ってくれた。この作業で一番気を使ったのは「ペーストを周囲にこぼさないこと」と「ペーストが額などに付かないようにすること」であった。そのせいか、随分と緊張して肩が凝ってしまった。次回からは、多少は周囲が汚れても良いように洗面所で作業するとか、顔中にオリーブ油か馬油でも塗っておいて、少々ペーストが付いても平気な状態にしておくとか、そういうことも考えた方がよさそうである。
 作ったペースト全部を髪全体に塗り終えて纏めた後、タオルを巻く前にシャワーキャップを被ってしまったが、「ま、良いか……」と、その状態で片づけ開始。ペーストの容器と刷毛付きの櫛は手袋のまま水洗いし、ケープは汚れを水拭きして干した。
 更にその状態で、メールチェックをしたり何やかやと雑用をこなしながら2時間余りを過ごす。後から考えてみたら、その間の過ごし方としては、DVDやビデオで映画鑑賞などするのが一番楽で楽しいかも知れない。本当なら、そのまま一晩寝るのが理想的らしいのだが、これは、寝相の悪い私にはかなり無理がありそうなので、最初から却下である。
 さて、2時間余りが過ぎた後、ペーストをシャワーのお湯でしっかりと洗い流し、タオルでざっと水気を取る。白いタオルが淡いオレンジ色に染まったので、あれでもまだ流し足りなかったのかな……と思いつつ、続いてドライヤーで乾燥。多少ごわつく感じはしたが、肝心の染め上がりの方は――期待通りのオレンジ色であったので、まずはほっと満足する。これでメイン段階完了である。

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2008年11月 1日 (土)

生まれて初めて髪を染めること・上

 一大決心をして、生まれて初めて髪を染めることにした。無論、化学薬品ではなく、ヘンナを中心に使っての自然派毛染めである。
 八年前、例の一件以来、ぞっとする程に増えた白髪が、その後は少しずつましになり、「抜けば目立たない」程度にまで落ち着いてくれていたのであるが、また最近になって目立ち始めて来ていた所へ、塩田鹿納命氏の『美髪再生』を読んだこともあり、また、今年は様々な意味に於いて「大いなる変化の年」であるように感じられることもあり、更に知人の助言もあり、この優柔不断の私には珍しく「染めてみよう」と決断するに至ったのである。
 まずは、塩田氏の著書にあったネットショップから、「カラートリートメントR 指甲花」「カラートリートメントB 松藍」「カラートリートメントY 花没薬樹」、及び「ブラフミーオイル」を購入し、また、総合卸のお店で、毛染め用のポリエチレン製ケープと手袋、刷毛付きの櫛なども買って来た。
 この「カラートリートメントR 指甲花」は、ヘンナにハイビスカスを少し混ぜた粉末で、白い髪を赤系の色に染め、髪のトリートメント剤としても優れた効果を表わすそうである。これに、青系の「カラートリートメントB 松藍」を重ね、更に黄系の「カラートリートメントY 花没薬樹」を重ねることで、深い栗色に染めて行くことが出来るという。また、ユーカリ油にゴマ油とヒマシ油を混ぜた「ブラフミーオイル」には、毛染め時に頭皮を温めて染着性を増す作用があるとのことである。
 まずは、パッチテストから――「カラートリートメントR 指甲花」を少しだけ溶いて腕の内側に塗り、上からバンドエイドを貼って48時間置いてみたが、皮膚が薄くオレンジ色に染まっただけで、かぶれ等は全く見られなかった。
 次はいよいよ、ヘンナの用意である。「カラートリートメントR 指甲花」50gを深めの樹脂容器に入れて「ブラフミーオイル」を数滴加え、300ccほど用意したぬるま湯を少しずつ入れて溶いていく。匂いは大麦若葉に抹茶を混ぜたような感じであった。かき混ぜには割箸を使ったのだが、途中から何だか「お濃茶を練っているような感覚」になって来た。ダマにならないように仕上げる意味からも、濃茶用の茶筅を使ってみるのは良いかも知れない……何て考えているうちに、何とか全体が均一に混ざり合った。容器に蓋をして、更に一日置いて馴染ませる。これで準備完了である。

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2008年8月15日 (金)

初の“夏着物”おでかけ体験記

  去る10日、知人の出演する三味線のおさらい会に、今年は頑張って和装で行って来た。
 昨年、出演者にも観客にも、浴衣を始め、綿絽や紗の着物を素敵に着こなしておられる方が多かったので(無論、そうでない方も散見されたのだが……)、今年こそは私も……と、6月初めに「色と柄とお値段に惚れて」買った、薄水色の地に波とうさぎの柄が散っている駒絽を着て行くことにした。
 実は、夏場に浴衣以外の着物を着て炎天下を歩くのは、全くもって初めての経験であったのだが、驚いたのは、幾ら風通しが良いと聞く絽とは言え、ポリエステル100%の生地であるにも関わらず、これが意外と涼しかったことである。いや、むしろ、普段はほぼ毎日出る「暑さ負け」の症状が少しも現われず、目的地に着くまで非常に快適に過ごすことが出来た。初の「夏着物での外出」という緊張もあったかも知れないが、一足毎に袖や裾から良い風が入って来るし、直射日光からは守ってくれるし、電車内の強い冷房も平気であるし……と、想像以上の着心地良さであった。本当に、あれは実際に着て歩いてみて初めて解った。夏着物、お勧めである。
 さて、そんなこんなで少々時間が迫ってしまい、差し入れのお菓子の購入もパスして、開演10分前に受付へと滑り込むと……何と、受付に座っておられたのは、この会を主催しておられる林家染丸師匠その人であった……。(昨年は、一番若いお弟子さんが担当しておられた) しかも、私の前のお客さんが、ちゃんと差し入れを持参しておられたので、余計に緊張が高まり、「○○さんの友人でございまして……」と、しどろもどろでご挨拶。すると師匠は、何かにこにこと私の着物をご覧になりつつ「そら、お暑い中、ようお越し」と、手ずからパンフレットを渡して下さったのだが、もう、どこか着崩れでもしているのでは……と、更に緊張するやら焦るやら……。
 そうして、会場のお座敷に入り、友人と対面するや……帯のお太鼓が早くも崩れていたことが発覚。手早く直してくれた友人に、実は、さっき受付で染丸師匠が……と話すと、彼女は、私の着物の柄と帯留が“うさぎ”なのを見て、「そら、うさぎの柄やなぁ……て、喜んではったんよ。師匠の家紋、ぬの字うさぎ、ていうやつやねん」と、教えてくれた。
 偶然とは言え……大いにほっとすると共に、改めて、この着物で来て良かった……と、しみじみ嬉しくなってしまったことであった。

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2008年7月31日 (木)

ガーター式ストッキングによる防暑対策のことなど

  この夏、意外なものに開眼してしまった。何かと言うと、ガーター式ストッキングである。
  元を糾せば……これは、数年前に、母が買い溜めしていた未開封のストッキングを、否応なく押し付けられたことに始まる。それも半端な量ではなく、中くらいの段ボール箱に一箱強……。値札にある価格や購入先から想像するに、パンストの流行で相当な安値が付き始めた頃に、嬉々としてストアに走っては、買い込み買い込みしたものらしい。
  余りの量に「こんだけの数、自分で履き切れると思て買うたんか!?」と言うと「(それまでは)高かったんや!! あんたらかて、じき履くようになるやろし、じきに破りよるやろと思て、安い時に仰山買うといたんや!!」――と、来る……。
 いつもながらの迫力に反論も出来ず、一応は引き取って、色や種類で整理し直してみたのだが、肝心のガーターベルトが一つしかなく、それも金具部分が錆びており、私の腰回りにも到底合わない……。仕方なく、ガーターベルトだけ新しく買おうと探してみたのだが、これが、案外売られていない。やっと、セシールの通販カタログに掲載されていた刺繍入りのものを二つ(白と薄紫☆)購入したのだが……これがまた、情けないことに、金具が腿に食い込んで(当時は、現在より更に丸かった故……)痛くて落ち着かない。結局、それきり一度も履くことなく、今年まで来てしまった。
  それを、もう一度履いてみようかと思い立ったのは、知人の助言もあったのだが、矢張り、この「暑さ」からである。暑いからと言って、裸足にサンダルで出勤する気にはならないし、ショートストッキングの類では、腿やふくらはぎに流れる汗を止められない。あの、通勤電車で立っているさなかに、汗が足を伝い流れる嫌な感触は、どうしても好きになれないのである。
  で、グンゼの製品で簡単に使えそうな日常向きのガーターベルトも見つけて、久方ぶりに履いてみた所、これが意外に涼しい。更に嬉しいのは、同じ色柄のものであれば、片方が破れても、そちらを交換するだけで済む点である。殆ど毎日のように履くものであるから、これは実に経済的で有難い。まぁ、形状自体はやや恥ずかしい感じではあるのだが、誰に見せる訳でもなし……。
  かくして、この夏の暑さを乗り切る為の、思わぬ味方が一つ出来た。皆さまも是非、一度は試してみて戴きたい。その意外な履き心地の良さに、必ずや驚かれる筈である。

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2008年5月24日 (土)

「薔薇模様の白レース帯」に一目惚れすること

 先週の日曜日、買物先で偶然に見つけて、これまた、そこそこの「良いお値段」であったにも関わらず、思わず衝動買いしてしまったものがある。
  それは、浴衣コーナーに置かれていた、総レースの薔薇模様の帯である。幅は36cm、長さは380cmほど。生地はポリエステルとナイロンで、金糸が少し入っている。売場の方の説明によると、基本的には半分に折って半幅帯のように結ぶものだそうなのだが、ちょっと工夫したら二重太鼓にも出来そうな雰囲気である。
 無論、最初は迷った。私のお財布にはそこそこ良いお値段(と言っても、大手スーパーの呉服売場であるから、決して法外という程のものではなかったが、さりとて生活必需品という訳でもないから……矢張り「そこそこ」である……)だったということもあるが、第一に、これを合わせられるような夏の着物は一枚も持っていないから、買ってもすぐには使えず、十八番の宝の持ちぐされ状態になってしまう可能性大である。
 色違いで、白、薄紫、ピンク、赤、黒、の五色があったが、その時、一目で魅かれてしまったのは、何故かいつものように薄紫ではなく、白であった。まるで花嫁のベールのような、清楚で相応の華やぎを備えた気品のある純白の帯であった。白地の小紋の単衣にも、藍染の浴衣にも、臙脂や青系統の綿絽などにも、可愛く品よく映りそうな(注・いずれも持っていないのだが……)、本当にきれいな帯であった。
 で、買ってしまった。こんなん、いつ締めるねん……と、内心既に呆れつつ、また、ここから、和装の楽しみが広がってくれたら良えなぁ……という思いもありつつ、或いは、ぼーっと眺めているだけでも十分に値打ちがありそうやし……とも思いつつ……。
  ここの所、何やら話題が「一目惚れ衝動買いシリーズ」と化して来ている気がしないでもないが……まぁ、長い人生、たまにはこういう時期があっても良いのかも知れないではないか。少なくとも今日の日まで、この手の楽しみとは殆ど無縁で来てしまっていることでもあるし、買って後悔している訳でもないし……。
 待てよ。これで二重太鼓を結ぶ場合……帯揚と帯締はどうすれば良いだろう。帯揚は、シフォンのロングスカーフを代用出来そうであるが、帯締は……色レースのリボンか何かで工夫してみるしかないか……。暫く悩もう。それもまた、楽しいから……。

「だから~、それは☆沢の自業自得だってば~☆」ひつじ談

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2008年5月23日 (金)

「うすむらさきのお月見うさぎ」に一目惚れすること

  昨日から始まった、近鉄百貨店(阿部野橋店)恒例の大北海道展で、物凄く素敵なガラスのペンダントを見つけた。
 阿久津稔さんと仰言る札幌在住のガラス彫刻家の方の手づくりで、私が一目で魅かれてしまった品は、淡い紫色のガラスのペンダントトップに、萩の花に囲まれて月を見上げている可愛い兎の後ろ姿が彫られているもの。その彫刻の繊細さと言ったら……兎の髭の一本一本、萩の花びらや葉の一枚一枚までが、極めて丁寧に彫り込まれていて、独特の風情ある世界に、思わずじぃっと見惚れてしまう。
 他にも、ペンダントでは、小さめの色ガラスに兎や猫の後ろ姿が彫られたもの、無色透明のガラスに葡萄蔓を彫った大ぶりものなど、目を引く作品は幾つもあったし、ペンダントだけでなく、根付などの小物から応接間に飾るような大作に至るまで、実に多彩な品々が並んでいた。しかし、矢張り最も気になるのは、通りすがりにぱっと目に飛び込んできた「うすむらさきのお月見うさぎ柄」の品である。これを私の目に飛び込ませたのも……ひつじの仕業に相違あるまい。
 で、この優柔不断で貧乏性の私には実に珍しいことに、その場でお財布の中身を――持ち合わせの額を確かめ、貰って来たばかりの給与明細の姿を思い合わせて……何と、即、購入してしまった……。(因みに、彫刻の実演販売で来ておられた阿久津氏に「よく(この混雑の中で、いきなり薄紫の兎柄ペンダントトップを)見つけられましたねぇ」と驚かれてしまったのだが……取り敢えず「卯年で、この色が好きで……」と、お応えしておいた)
 今も、目の前に置いてずっと眺めているのだが、これからの季節、随分と活躍してくれそうであるし、絵柄と色あいから見ても、秋までは十分楽しめそうである。また、トップだけを一時的に外して、この日曜日に衝動買いした白いレースの帯に、根付か帯飾りみたいに下げたら素敵かなぁ……とか、あれこれ想像しては楽しんでいる。そう。実は、18日の日曜にも、そういうものを買ってしまっているのである……。
 全くもって、これまでの――服飾への興味が限りなく薄かった私には、考えも及ばなかったような状況である。このまま、衝動買いの癖がついてしまったら……どないしよう……。

「それはね~、自業自得って言うんだよ~☆ ぼく、知~らないっと☆」ひつじ談

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2008年5月20日 (火)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・番外編その3

 以前、この題名で書いた香水絡みの話題の時にも少し触れたが、香水というものの様々な使い方の中でも、以前から結構気に入っているのが、髪を洗った後、最後のすすぎ湯に好きな香水を一滴落とすか、或いはオー・デ・コロンを一吹きして、髪に香りをつける……という方法である。
 髪に直接香水を吹き付けるのは、かなりの冒険だと聞いている。知人は、どうしても髪を香らせたい時には「空中にオー・ド・トワレをぷしゅっと一吹きして、すかさずその霧の下を潜る!!」と教えてくれたが、まだ試したことはない。何しろトロい奴であるから、下手に試みれば目に香水が入ってエライ目に会いそうな気がするし、微量であってもアルコール分が直接掛かると髪を傷めるかも知れないという不安が拭えない。結局、私の髪の場合は「すすぎ湯に一滴方式」が一番なのではないか……という気がする。
 さて、私がずっと使っているシャボン玉石けんさんの石けんシャンプーもクエン酸リンスも、共に無香料であるから、それだけだとちょっと寂しいかなぁ……という気持ちもあって、また、一昨年の春に、やっと復刻版の "バラ・ベルサイユ" のオー・ド・トワレを手に入れることが出来た嬉しさもあって、ここ二年ほどはずっと、このトワレばかり使って洗髪の仕上げをしている。
 元々、大抵の合成シャンプーに付いている合成香料の匂いには、余り馴染めないものがあったし、ものによっては鼻の粘膜がつーんと異様に刺激されてくしゃみ連発……という辛い目にも会ったので(朝シャン流行時の通勤電車の中など、恐怖そのものであった……)、これはごく自然な成り行きであったと言えるかも知れない。また、きつい香料入りのシャンプーやリンスを使ってしまうと、せっかくの仕上げの香りが台無しになってしまいそうにも思えるし、まぁ、選択としては(それも、このお洒落にも美容にもとことん疎い私の選択としては)間違っていなかったのではないか……という気がする。
 髪を乾かした後、残る香りは本当にごく仄かなものとなるが、自分一人でちょっぴり贅沢で豊かな気分に浸る程度であれば、これで十分である。そうして、もしも、こんな微かな自己満足の香りづかいに、ふっと気づいてくれる人があったら……何て、取り留めなく空想するのも、少しばかり楽しいものである。

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2008年5月 3日 (土)

無い知恵絞って考えた……初めてのライブ支度

 6日のMIQさんのライブに着て行くものの組み合わせを、やっと最終決定した。しかし……この、服飾への興味&センス皆無で、しかも着物再挑戦からまだ半年にしかならない私が、である。大体が、事前にこれだけ「着るもん」の考慮で時間をさくことが、かつて一度でもあっただろうか……。ある意味、えらい変わり様である。
 ともかくも、きくちいまさんの著書も参考に、無い知恵絞ってああでもないこうでもないと考えてみたのだが……。
 何と言っても、今回のイベント名は「MIQueen Vol.1」である。女王陛下にお目通りする栄えある機会に、間違っても良え加減な出で立ちは出来ない。しかも、ジャズやソウルなどが中心のライブステージであるから、余り畏まり過ぎた格好も場の雰囲気に馴染まず、返って失礼なことになってしまうかも知れない……。因みにきくちさんは、ジャズのライブには紬に角出しの名古屋帯、といった姿で行かれるようであるが、はっきり言って、角出しなどまだまだ結べないから無理である。
 で、結局、こういう組み合わせで行くことに決めた。
 着物はラベンダー色の結城紬の色無地。灰色味を帯びた薄紫なので、ちょっと地味だが、紬はこれしか持っていないのだから仕方がない。帯は濃紫に鍵盤とバイオリンと音符の刺繍柄が入った名古屋帯。帯締は若草色の三分紐で、帯留は濃紫と薄紫の大粒スワロフスキーの組み合わせ。帯揚も若草色の綸子。薄紫の伊達衿を重ねたらもうちょっと華やぐかなと考えたが、妹の「映えへんで」の一言で却下。帯に挟む小銭入れに付ける根付は「古布のきつね」にする。甲府のお土産の「ワイングラス抱えたキティちゃん」の鈴を外して付けたら、よりカジュアルダウンになるかも……とも考えたが、意見を請うた高沢サンの「止めなはれ。着物の小物にキティは悪目立ちする。少なくとも、私はキティばかりに目が行くと思う」との助言で却下。髪飾りは小さいラインストーンが沢山入った金色のバレッタ。指輪は小さいアメジストの可愛い系の花のデザインのゴールド台のもの。足元は白足袋に履き慣れた薄ピンクの草履(鼻緒に臙脂色のライン入り)。バッグは白とリラ色の手提げ。手拭いは赤いばらの模様。勿論“ひつじ”もバッグに付けて連れて行く――。
 と、こんな所である。
 さて、実際に着てみたら、どういうことになるだろうか……。

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2008年3月30日 (日)

和装をめぐる最近の興味あれこれ・7

 先日、ちょっと変わった夢を見た。
 一言で言えば「物凄く心引かれる帯を見つけてしまう夢」である。
 どこかの呉服屋さんの店先が舞台で、畳の上に緋毛氈が敷かれていて、黒塗りの台に金襴の帯地が掛けられている――その帯地の柄が、あの昭和50年の7月に宝塚大劇場で見た緞帳と全く同じ鳳凰の柄なのである。つまり、オレンジ色の空に菫の花が幾つも舞う中に、一羽の鳳凰がゆったりと羽根を広げている図……。袋帯用の金襴地らしい。お値段は(夢の中なのに)恐くて確認出来ない。
 それを、魅入られたようにぼーっと見上げていると、お店のご主人(和装の初老の男性であった)が出て来て、帯地の右隣にすっと正座して、その帯を作った(デザインした、という意味らしい)のは東洋紡の人だ、とかいった説明を関西弁でしてくれる。そら、まあ、確かに、あれは東洋紡の緞帳であったが……。
 で、夢の中で、私はいじましい思いをあれやこれやと巡らせるのである。
 この帯が買えたとして、さて、どんな着物に結んだら良いのか。やっぱり、紋付の色無地辺りでないと駄目だろうか。色無地は卒業式に着た鶯色のしか持っていない。鶯色にオレンジ色が合うのだろうか。そもそも、色無地の紋付にこの帯を結んで行くような機会が、これからあるのか? そんな機会があったとして、一体、何人の人が「昭和50年当時の宝塚大劇場の緞帳の柄と同じ」だと気づいて喜んでくれるのか……。
 何やかやと思い悩んでいる間に、タイマー目ざまし設定のラジオ番組が鳴り響き、夢はそこで覚めたのだが……。
 しかし、懲りない私は、そのまま寝ぼけ眼でぼーっと天井を見上げながら、遙か昔に、母が珍しく染めから頼んだ淡いオレンジ色の反物があったことを思い出した。いや、記憶では、桃色に近い淡橙色であった気もする。そのうち、あれを何とか探し出して、思い切って仕立てを頼んで、あの緞帳の鳳凰によく似た鳳凰柄の帯を何とか見つけて買って結んで、それにちりめん細工の菫の花の根付を下げたら……あの、忘れられない大劇場の緞帳を、我が身に再現出来るのではないか!?
 その姿で、今の宝塚大劇場に行く勇気などまだまだ無い癖に、こういうことだけは身の程も知らずつらつらと想像しては楽しんでしまう。我ながら、救いようのない奴である……。

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2008年3月29日 (土)

和装をめぐる最近の興味あれこれ・6

 これまでに読んだきくちさんの著書の中から、特に印象深く感じた所や好きな部分などを少しずつ取り上げてみる。
 『着物がくれるとびきりの毎日』(光文社/刊)は、もう、全てが気に入っていると言っても良い位だが、特に「きものを着ているだけで、色濃い日常を過ごしている気がしてくるから不思議」という一文が印象深い。
 『きもので出産!』(河出書房新社/刊)では、冷え性でなかなか子どもに恵まれなかったきくちさんが、着物生活に切り替えた後、体質が変わって念願の妊娠に漕ぎつけた――という件り。まさか、ほぼ洋装一辺倒となった戦後の日本女性の衣生活の変化がもたらした弊害の一つが「冷え性から来る不妊」、引いては「少子化の一因」何ていうことはないのだろうか……。
 『毎日の着物』(アスペクト/刊)は、テーマ毎に短く纏められた、詩情溢れる随想風の文がどれを取っても好きなのだが、特に観劇時のコーディネートに関する文で、宮沢賢治作品の朗読会に小さな蟹の帯留を着けて出席し「その日の朗読には含まれていなかったけれど、わたしが一番好きな宮沢賢治の作品には蟹の親子が出てくるから。自己満足。それでいいの。それがいいの」と書いておられる所。私も『やまなし』は好きなので、余計に印象に残った。
 『きくちいま流着物生活48の技』(実業之日本社/刊)では、手づくり小物(半衿、帯留、帯締等)の作り方がイラストで紹介されているページが特に気に入っている。また「着物業界の人たち」の問題点を、掲示板に寄せられた生の声ときくちさんの率直な考えで綴ったページには、非常に共感を覚えた。
 『ふだん着物の楽しみ方』(河出書房新社/刊)では、風呂敷絡みのページにあった「針や糸など、ソーイング用品が入った引き出しを抜いて小風呂敷に包み、そのまま和裁教室へ」という一文に、思わず唸ってしまった。ただ、帯締に「麻紐」を使うというアイデアだけは、麻紐から滲み出る油分が帯を汚す危険性があると思うので(これは、図書館での経験上からなのだが)、どうかなと思う。
 『キラキラ着物絵日記』(リヨン社/刊)では、ぶどうの着物に関する文。変わり素材の浴衣なので、半襟を付けて足袋を履けば単衣の着物としても着られ、更に「いつか派手になったら名古屋帯に仕立て直して、おばあちゃんになっても楽しもう」――着物の持つ深い楽しみと経済性とが、さりげなく語られている気がして好きである。

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2008年3月27日 (木)

和装をめぐる最近の興味あれこれ・5

 ピアスに関しては、これは、洋装の時でも昔から抵抗のある人間なので、況わんや和装に於いてをや……といった感じである。最近でこそ、周囲でピアスを付けている知人らの姿を見て、少しは慣れて来ることが出来たのだが、幼い頃からの複数の経験の上から来る、ある意味、生理的に抵抗のあることでもあるので……こればかりは、お許しを願いたい。何しろ、子どもの頃に電車の中で見た、吊革に似た形のピアスをぶら下げた女性(幼心にも「誰かに弾みで引っ張られたら耳がちぎれる!!」と、背筋が寒くなった……)や、同じく電車内で見た、安全ピンを片耳に三つも四つも付けた丸刈りの女性(まるで、今さっき、ぶすぶすと突き刺して来たばかりのようにさえ見えた……)や、セーターを脱ぐ時に外し忘れたピアスが引っ掛かって、勢いで耳たぶが切れたという友人の経験談など……痛がりで恐がりの私には、思い出すだに震えが来るような代物ばかりだったのである。
 タートルネックのセーターに関しては……例えば、祖父の丹前の襟元から丸首のシャツが覗いていた光景などは、物凄く自然に親しみ深く思い出せるし、それは「あり」だと思えるのだが、自分自身がタートルネックのセーターの上から着物を着ている図を想像してみると……物凄く野暮ったい姿になりそうで、ちょっと願い下げにしたい。勿論、タートルネックの着物姿が見事に似合う人もおられるかも知れないのだが……こと自分に関しては、余り想像したくない……。
 それから、経済的に和装を楽しむ――といった意味あいで「チープなきもの」といった表現を割合によく使っておられるのだが、これもちょっと、他の表現はないのかなぁ……と思えてしまう。「着物は決して高価で特別なものではなく、こんなに安価で気軽に楽しめるもの」であるということを伝えたくて、敢えて使っておられるのに違いないのだが、こうした言葉の選び方や受け取り方には、矢張り人それぞれの感覚も加わるようで、どうも私は、衣料品絡みで「チープ」と耳にすると、どうしても「見た目も質も安物っぽい」「安かろう悪かろうの見本」といった、余り良くない意味あいに捉えてしまう所があって、洋装に絡む表現の中でも、余り使いたくない気がするのである。ほんと、何かこう、もっと他に、より適切な表現があっても良さそうなものだが……しかし、「リーズナブルきもの」でも「エコノミーきもの」でも「廉価きもの」でもなさそうだし……うーん……。

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2008年3月24日 (月)

和装をめぐる最近の興味あれこれ・4

 『着物がくれるとびきりの毎日』以来、きくちいまさんの著書が非常に気に入ってしまい、今までに6冊ほど読んでいる。お仕事との関連や周囲の理解もあろうが、実に無理のない自然な着物生活を送っておられる様子が、物凄く参考になったり羨ましく思えたり……とにかく、読んでいて非常に楽しい。
 着物での生活に切り替えられてからの、「きもの友だちが増えた」「季節に敏感になった」「内面に目が向けられて来た」――といった変化は、本当に羨ましくて、自分も是非、真似がしてみたい……と思われて来る。「ペットのフェレットが袖の中で眠ってしまう」――何て、最高である。
 無論、中には、ちょっと私の感覚とは違うな……といった記述もある。例えば、古着(リサイクル着物)、色柄物の足袋、ピアス、タートルネックのセーター、などには、矢張り少なからず抵抗がある。
 古着に関しては、前にも書いたが、私はどうしても「何だか前の持ち主の念が残っていそうな気がして落ち着かない」気がする。アクセサリーなどの「直接、身につけるもの」なども同様である。私自身の普段からの「物への執着度」の強さが、そのように思わせるのだと思う。母や伯母や祖母の着物であれば、何の抵抗もなく袖を通すことが出来るのだが……。
 色柄物の足袋に関しては、これは前に「白地以外の足袋で「これは素敵!!」というものに出会った試しがない」と書いたが、この冬、その記憶の部分的な誤りに今更ながら気がついた。別珍の足袋である。伯母が履いていた臙脂色の別珍の足袋を、幼い頃から妙に気に入っていたことを思い出したのである。これは、是非――臙脂と、白と、紺辺りを――履いてみたい。思うに、私は、ごく普通の白地の足袋というものを、日常履きのベージュや黒のパンストと同一視している所があるように思う。黒地にラメの柄などが入ったようなストッキングであれば、ちょっと特別な時には履いてみたいと思うが、多彩な色のストッキングや網タイツの類には、余り食指が動かないので、その辺りと繋がる部分があるのかも知れない。
 ストッキングと言えば、この冬、足袋の下に履こうと考えて、五本指のベージュのパンストを何足か購入した。また、クリスマスのプレゼント交換で梅の柄の文化足袋を貰ったので、家ではこれを履く方向で頑張ってみようか……と考えている。

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2008年3月13日 (木)

もしかして……今更ながらの服飾への目覚め!?

 先日の京都・三条行きは、当初、和装で出掛ける予定であった。そろそろ梅も盛りだし……と、押し絵用の梅花のパーツで帯留を作ったりしていたことは、既に書いた通りである。
 さて、洋装で行くことになった途端、困ったのは勿論「着て行く服」である。いや、厳密に言うなら「入る服」である……。それほど気の張る場所に行く訳でもないのに、取り敢えず入る外出着や通勤着のいずれかからそれっぽいものを選べば良いものを、そこそこ気を入れて準備(?)していた影響なのか、何だか今一つ物足りないような気がしてならない。かと言って、元来、ファッション云々に関してはとことん疎い私のこと。さてと考えて良い案も浮かんで来ない……。
 所が、である。前々日の帰宅途中、アクセサリー屋さんの前を通った瞬間、唐突に「ん!」と閃いたことがあった。そろそろ春向きのものが増え始めている品揃えの中で、いきなり私の目に一本のネックレスが飛び込んで来た。少し捩りを持たせた木の葉を思わせる金色のパーツと、同じ輪郭を象った金色の鎖のパーツが交互に組み合わさった、割合にシンプルな印象の品だったのだが、それを見た途端、不意と「これにミニスカーフを絡ませたら面白いかも!?」という発想が浮かんだのである……。
 この、ファッション・センス皆無の私が、こうしたことをいきなり思いつくこと自体、既にこれまでの私ではない。しかも、思い立って「一人盛り上がり」を始めると、妙な行動力が出る傾向にある最近の私のこと。いつもの躊躇癖はどこへやら、そのままレジに走って即購入。帰宅するや、随分以前に一大決心して買った某社のミニスカーフを箱から取り出し、細いバイアス折りにしてから、一つ置きにある鎖のパーツに通してみると、想像通りなかなかしっくり馴染む感じになった。このミニスカーフ自体、首に巻いて使うには少々小さく(42㎝×42㎝)、鞄の取手に結んだり眺めて楽しんだりする以外は余り出番のなかったものなので、何だか用途が広がって得をした気分である。
 かくして京都行きの当日、ジャケットを脱ぐなり友人に「あ、見たようなスカーフ!!」と(実は、購入時に付き合って貰っていたので……)一目で気づいて貰えた時の、何とも言えず嬉しかったこと……。思えばこれも、昨今、和装に興味を持ち始めたことから派生した思わぬ収穫と言えるかも知れない。これは、ちょっと頑張ってみようかなぁ……何て思う。

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2008年2月29日 (金)

和装をめぐる最近の興味あれこれ・3

 少し前に、この週末、お天気が良ければ着物で京都に行こう――と、茶道部の友人と約束をした。一番の目的は、姉小路にある「京都万華鏡ミュージアム」で万華鏡を作ることであるが、考えてみれば、もう梅の時節でもあるし、時間があれば付近で梅の美しい所を探して梅見も出来るかな……何て、早くも浮き浮きと心を弾ませる。
 友人は、学生時代にもよく着ていた紺地の小紋にピンクの帯を締めようかなぁ……と言うので、こちらも懐かしい鶯色の着物にしようか……と考えたのだが、一番好きだった小紋には星が入っているし、同色の付下げは衿に染みが出ているし(卒業を前に、四回生一同がお家元に伺った時、点心に出されたお蕎麦のつゆが飛んでしてしまったのである。勿論、すぐさま染み抜きした筈なのに、それから長く置いているうちに、また出たらしい……)、妹の付下げを借りる手もあるが、これは新年早々借りたばかりだし……。色々考えて、先日も着たローズ色の小紋にしようと決め、加えて、特売で買ったばかりのくすんだピンク色の三分紐に「梅の帯留を作って付けよう!!」と、いきなり一人で盛り上がってしまった。
 最近の傾向として、思い立って「一人盛り上がり」を始めると、何とも妙な行動力が出る。翌日の帰りには手芸材料のお店に寄って、押し絵用の梅のパーツを六つとブローチ用の金具を二つと縮緬の端切れを仕入れ、やおら帯留作りに取り掛かる。楕円形のブローチ金具に、一つは空色、一つは濃紺の縮緬を被せ、その上に、赤・濃ピンク・薄ピンク・白と取り混ぜて買った縮緬細工の梅の花を三つづつ貼り付けて出来上がり。これをブローチ用の帯留金具(ブローチのピンを通して留める細い管が付いていて、なかなか便利な品である)に通して、昼間は空色の方、夕方からは濃紺の方……と、付け替えて喜ぼうと画策する。はっきり言って……まるで子どもである。
 しかし、残念ながら、直前になって友人が着物で行けなくなってしまった。私一人だけ和装というのも・・・なので、結局、今回は二人とも洋装で行くことにしたのだが、「帯留は見せてね☆」と言ってくれているので、いそいそとアクセサリー入れに納めて鞄に放り込んでいる。さて、どんな週末になることか……楽しみである。

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2008年2月27日 (水)

今週の「週刊 昭和タイムズ」の記事に思うこと・第21号

 「週刊 昭和タイムズ」(デアゴスティーニ・ジャパン/刊)を、珍しく創刊号からずっと購読しているのだが、第10号(1974年)30ページの非常に大きなミス(あれだけ大きな間違いであれば、敢えて私が指摘しなくても既にどなたかが編集部に苦情を出しておられる筈だと思い、まだ何も行動を起こしていないのだが)をも上回るのではないだろうか……と思われるような記事に気がついた。
 今週発売の第21号(1941年)14ページに、ミツコ・クーデンホーフ・カレルギー伯爵夫人の訃報に絡む記事が掲載されているのだが、その中に「なお、大正8年、フランスの化粧品メーカー・ゲランが、その名も「mitsouko」という香水を発売しているが、これは光子の名にちなんだものといわれている。」という一文があり、更に、伯爵夫人の写真の横に、ゲランの「ミツコ」の香水瓶のカラー写真が堂々と添えられているのである。そう言えば、昨年買った『香水パーフェクトBOOK PLATINUM 2007-2008』(ミリオン出版/刊)にも、同様の記事があって首を傾げたばかりである。
 昔見たNHK特集『ミツコ 二つの世紀末』の中にも、ゲランの「ミツコ」の名前の由来に絡む場面があったが、そこでも、これはクロード・ファレルの小説『戦い(La Bataille)』に登場する日本女性の名前から採られたものであることがはっきりと語られており、更に、吉永小百合さんがゲラン社のフィリップ・ゲラン社長に詳しい話を聞いて、「ミツコ」という名が、彼らには「日本女性の美しさの代表」として認識されていることを確かめる場面、そうして、『戦い』に登場するミツコとクーデンホーフ光子とのイメージが、どこか重なり合っているように思える……と語る場面があった。この『戦い』という小説は、エドゥアール・ヴィオレ監督によって映画化もされており、邦題は『ラ・バタイユ』。主演はあの早川雪洲であったそうである。
 ほか、何冊か読み散らした香水関係の本にも、大抵はクロード・ファレルの小説に触れた解説が付いていたし、ずっと「香水のミツコとクーデンホーフ光子とは無関係」だと思って来たので、それが今回、「週刊 昭和タイムズ」のような雑誌であのような記事を目にして、思わず引っ掛かってしまったのである。
 これについても、既にどなたたが編集部に指摘しておられることとは思うが……とりあえずは、ここにも小姑めいた文を書いてみた。

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2008年2月26日 (火)

和装をめぐる最近の興味あれこれ・2

 きくちいまさんの本を読んでいて、帯留は勿論、丸ぐけの帯締も手作り出来ることを知って、今更のように驚き、そして喜んでいる。尤も、随分昔に、金襴の端切れでリボンを縫ってバレッタに付けたり、ちりめん細工の根付や扇入れなどを作ったりしたことはあるのだが、それでも、和装に直接関わる小物類に対しては、どういう訳か「専門家でなければ作れない」特別なものであるような観念を抱いていた。母や伯母が着物や帯を縫う姿を目にしながらも、帯締・帯枕・帯板・帯揚・伊達襟……といった小物類は、専門家が作ったものを買うしかないのだろうという思い込みが、いつの間にか出来上がってしまっていたように思う。
 しかし、いざ手作りしてみたいと思っても、参考に出来る手芸の本は余り出ていないようである。少し前に、『きものにかわいい。手作り小物』(主婦と生活社/刊)という本を見つけて買ってみたが、多少は参考に出来る部分もあったものの、私の求めるものとは少し離れた内容であった。十代前半の少女に対して「着物は決して仰々しいものではない。その証拠に、小物使いでこんなに手軽で気軽な洋装同様の楽しみ方も出来る」――とPRする分にはそこそこ効果的なのかも知れないが、何か、こう……全てが中高生向きのファンシー・ショップの品揃えに留められているような、全体的に「若向き過ぎ」「軽過ぎ」の感があり、余り馴染めない思いがした。若い世代と和装との距離を、いきなり洋装との融合に走ることで縮めようと躍起になった結果なのかな……とも思われた。多くのページで、モデルさんの表情が余り楽しそうに見えないのも気になった。恐らくは編集側の指示であったのだろうが、微笑んで写っている写真の数が非常に少なく、そんな点までが残念に思えてしまった。
 矢張り、和装小物を手作りする為の入門書であれば、まずは、ちりめんや和柄プリント生地などを材料にしたような「日常の和装を楽しむ小物」の本を、そして、金襴や絹織物の端切れを使ったり簡単な日本刺繍を施して作るような「ちょっとよそ行きの和装を楽しむ小物」の本を、是非とも発売して欲しい。決して、本格的な伝統工芸レベルの細工物にまで飛躍しなくても良いから、最低限、伊達衿・半衿・帯板・帯締・帯留・鼻緒留・帯飾・根付などの作り方と、腰紐・衣紋抜・補整布などの縫い方くらいが載っていれば十分である。どこか、発売して下さらないだろうか……。

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2008年1月27日 (日)

和装をめぐる最近の興味あれこれ・1

 ここの所、素人なりに再燃して来た和装への興味の中でも、取り分け急速に高まり始めているのが、様々な「小物」に対するものである。これまで、さほど関心を持つことなく来ていただけに、これには自分でも結構驚いている。
 特に、「帯留」「三分紐」「鼻緒留」の三つについては、妙に強く魅かれるものがある。
 「帯留」に関しては、恥ずかしながら、これまでその「付け方」が全く判らなかったこともあるのだが、きくちいまさんの著書のお蔭で、やっと使い方を理解出来、更に、きくちさんが箸枕や和布で帯留を手作りして楽しんでおられること、ブローチやスカーフ留め、片方だけになったイヤリングなども利用しておられることを知って、俄かに親しみと興味が湧き始めた。和装に使える最も違和感のないアクセサリーであるだけでなく、洋装用のものも流用出来るとは何とも嬉しい。しかも、帯や三分紐の色柄との組み合わせによって、様々な「見立て」を楽しめるというのも面白い。例えば、星空柄の帯に淡紫の三分紐を締めてひつじの帯留を飾る……何てことも出来る訳である。去年のクリスマス・イブには、早速、水瓶座柄の帯に金の三分紐とクリスマス・ツリーのブローチ――という組み合わせを試してみたが、これらを選ぶ過程には、何とも言えない浮き浮きとした心楽しさがあった。手持ちのブローチやイヤリングの中には、まだ一度も使ったことのないもの、片方落として捨て難くて大事に残しているものなどが結構あるのだが、それらを帯留の形で復活させることが出来たら……何て、考えるだけでもわくわくと楽しくなって来る。「三分紐」が、帯留を付ける際に不可欠なものであることも初めて知った。これは、淡い色を中心に色々な色あいのものが欲しくなってしまい、一人で困っている。「鼻緒留」は、まだ一つも持っていないが、これも手作り出来そうな気がして、非常に興味が高まっている。
 これらの小物に、今までどうして興味を持たなかったのか――不思議と言えば不思議ではあるが、これまでの私と和装との関わりが、主に茶道部での活動を通じてのものであったことを考えると、ある意味、全てに於いて融通の利かない私にとっては当然のことであったかも知れない。
 ともあれ、私が“お洒落”に関することにこれだけ楽しみを見い出したのは、恐らく生まれて初めてのことで、これも、和装に興味を持ったお蔭だと思うと、少々感慨深いものがある。

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2008年1月11日 (金)

年の始めから「お太鼓」と格闘すること

 今年の雑記の書き初めは、本日11日――去年よりは僅かに「まし」ではあるが、それでも矢張り、自分で書いていて情けないものがある。まぁ、これに限らず、無理をしない程度に細く長く……が、一応の目標ではあるので、今年もそれを実践して行きたく思うのだが……。
 さて、新年最初の話題は、和装絡みである。
 昨年のクリスマス・イブと、今年の5日、久し振りに正絹の着物を着てみた訳なのだが、そこで特に感じたのは、着物の暖かさ、それも正絹の暖かさということであった。
 先月買ったポリの着物も確かに暖かいと思った。しかし、それはどうやら、着物という形態から来る暖かさであって、決して素材自体の持つ暖かさではなかったらしい。私の買った袷の着物に関して言えば、実感として正絹のそれと比べてみると、素材的にはどうしても重くて冷たい感がある。無論、もっと軽くて暖かいポリ素材の着物もあるかも知れないので、一概には言えないのだが。
 で、何やかや言いながら、目下は連日「お太鼓」と格闘している私である。
 かつて、自装を習いに行った時には、確かに一人で結べるようにまではなったので、全く出来ない筈はないのだが……。当時のテキストもまだ見つからず、一冊だけ買った着付けと帯結びの市販本も行方不明なので、専ら、先月買った「別冊おしゃれ工房」や、きくちいまさんの本を頼りに、ああでもない、こうでもない、と繰り返しやってみる。最終的には「結ぶ」と言うより「巻いて、締めて、折って、帯揚と帯締で固定する」感じで行けば良いみたいなのだが、これがなかなかうまく出来ない。どうやらこうやら帯締を締める所までは漕ぎつけるのだが、締め終わって手を放した途端にお太鼓が「すとん」と落ちる……。何回やっても、すとん、すとん、と、まるで「犯行直前の松子さん状態」の繰り返しである。(市川崑監督の『犬神家の一族』で、佐智が殺される直前、凶器の帯締をほどいた松子夫人のお太鼓が、すとん、と落ちる場面を思い起こして戴きたい)
 5日に会った友人から、帯枕の台に使う手作りの小さい枕(幅10㎝直径2㎝位に晒木綿をしっかりと巻いたもの)を貰ったので、目下はこの秘密兵器を武器に、一日一回は結ぶ稽古を続けているのだが……。さて、自分一人で無事にきれいにお太鼓が結べるようになるのは、果たしていつ頃のことになるだろうか……。

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2007年12月24日 (月)

初めての「きものクリスマス・イブ」顛末

 クリスマス・イブの今夜、友人と食事をする約束をしたので、何か舞い上がってしまい、無謀は承知で思い切って着物で行くことにしてみた。(と、言うより……同窓会と同じく、着られるよそ行き服が甚だ心許ない有様(特に腰回り)であったのが、情けなくも最大の理由だったりするのだが……)
 無論、まだまだ、お出掛け用の自装を「復習して思い出して自分で出来る」所まで行っていないので、振替休日であるのを幸い、朝から妹に頼んで着付けて貰うことになった。
 で、つい先日、何とか整理だけはした手持ちの和装関係の何やかやの中から、何とかクリスマスらしい感じになりそうな組み合わせを考えてみることにした。
 着物は、やっぱりクリスマスには赤系統だろう……と、オールドローズ色に白い切子が散っている柄のものにして、これに黄緑の伊達襟を重ねた。帯は黒地に水瓶座の柄の名古屋帯、帯締は金の三分紐にして、妹が貸してくれたクリスマスツリーのブローチ(お誂え向きに、ピンが縦に付いている形のものであった)を帯留代わりに使ってみたら、割とクリスマスっぽくなった感じで、年甲斐もなく喜んでしまった。更にカジュアルっぽく出来ないかなと思い、この上から、コートの代わりに黒のウールのマントを羽織ることにした。
 髪型は、普段の通勤時と同じ「引っつめて括ってネット付きのバレッタに放り込む」方式でまとめたが、バレッタだけは金色の台にラインストーンの入ったものに替えた。
 後は、本当に珍しいことではあるが、着物に顔が負けない程度に、久し振りにお白粉をはたいて口紅を差した。(仕上がりの程は……知~らないっと☆)
 さて、友人は、午後五時過ぎまでホテルのラウンジでピアノ演奏の仕事をしているので、待ち合わせもそれに合わせて、久々に和装でホテルに足を踏み入れることになった。はっきり言って……周囲はドレスアップした老若男女ばっかりである。また、久々に履く草履の鼻緒周辺に疲れが集中し、何だか妙にぎこちない歩き方しか出来ない気がする……。
 様々な意味で気後れを感じつつ、演奏を終えた友人と落ち合い、予約していた中華料理屋さんへと向かったのであるが、テーブル席に落ち着くなり、彼女が開口一番「雪がちらちら舞ってるみたいな着物やねぇ」――この一言で、すっかり嬉しくなってしまった。お料理も美味しく会話も盛り上がり、予想以上に楽しいイブを過ごすことが出来たのであった。

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2007年12月21日 (金)

本当に見た「最も凄まじい車内化粧」の例など

 昨今の、通勤電車内に於ける「乗車マナー」の悪さについては、既に新聞・テレビを始めとする各方面であれこれと取り沙汰されているが、しかし、一向に良くなる気配が無いどころか、ますますエスカレートの一途を辿っているように思われてならない。
 特に混み合う時間帯の、携帯電話やウォーキング・ステレオの使用マナーの悪さは言うに及ばず、駆け込み乗車で発車を遅らせて平気な人、リュックサックやショルダーバッグを手に持ち替えない人、大量下車駅で「一旦降車」もせず扉の前に仁王立ちする人……よくもまあ、これだけ行儀のなっていない老若男女が増えたものである。満員電車の中で大きなノートを開いて必死に「試験直前の詰め込み」をやっている中高生など、まだ可愛いものである。少し空いた車内であれば、平気でお化粧したり、ものを食べたり飲んだり、大股開いて座席を占領したり、堂々と横になって大いびきで熟睡したり……。もう、見ているこちらが恥ずかしくなってしまうような例ばかりである。
 特に、お化粧に関しては……もう、何も言う気になれない程、ひどいものである。口紅を引く、お白粉をはたく、マスカラをつける、枝毛を切る、爪を摘む、マニキュアを塗る、コロンを吹く……何でもありである。周囲の迷惑など全く眼中に無い。怒りも呆れも通り越して、虚しくさえなって来てしまう。
 そんな中で、私がこの目で見た一番凄まじい目撃例を書いておきたい。
 確か、去年の夏の初め頃の或る土曜の朝、何とか座席に座れてほっとしていると、次の駅で乗り込んで来た20才前後の女性が、私の向かいの席に座るなり、いきなり「しゅぼっ!」とライターの火を点けた。まさか、走行中の電車内で煙草を吸う気では!? と、思わず緊張して見ると、彼女は取り出したビューラーの先を平然とその火で温め、当たり前のように睫毛をカールし始めたのである……。一瞬、現実に起こっている情景だとは信じられないような思いに襲われ、文字通り呆然としてしまったのだが、その後も、彼女のお化粧行為はフルコースで続いた。ブランド物のスポーツウェアの上下を着ていたが、まさか、スポーツをしに行くのにあれだけ丁寧なお化粧も必要なかろうに……と、呆けた頭でぼんやり考えたのを覚えている。
 せめて、楽屋裏の支度姿を大衆の面前に晒すことの不作法さくらいは、最低限の常識として、どなたにも弁えて貰えないものだろうか……と思う。

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2007年12月16日 (日)

私の日常和装(ふだんきもの)事始め――思い立ったが和箪笥整理日和

 昨日一日、ポリの着物で過ごしたお蔭で弾みがついたものか、いきなり思い立って、長いこと放ったらかしにしていた和箪笥の整理を始めた。
 大体が、ここ何年も虫干しらしい虫干しもせずに来ていた(引き出しを開けて風を通す程度で精一杯であった)ものを、今頃、それもこの時期にやり始めるというのも何なのだが、まぁ、こういうことは、時の勢い(と言うより、それに伴って湧いて来る「やる気」かも……)に乗らないと、いつまで経っても進まない……ということは、様々な場面に於いて痛感しているので、取り敢えずは「思い立ったことを尊重」することにして、急遽予定を変更し、和箪笥整理に没頭することにした。当然、先から予定していた台所や物置の片づけは後回しである。因みに、この和箪笥も、祖母→伯母→私の順で回って来たものである。材質等もよく判らないし、取手の金具は伯母が使っていた頃から既に取れたり折れたりしていて、もう満身創痍状態である。それでもなお使い倒そうとする辺りが、如何にも我家である……。
 さて、手入れをさぼり続けていた割には、虫害も湿気の害も殆ど無かったのが幸いではあったが、それでも、ウール着尺の一反(結構可愛い、赤地の蝶々模様の絣)に虫がトンネルを空けているのを発見した時は、流石にショックであった。母が遙か昔に買ったまま忘れていた紙箱入りのフォーマルの和装バッグも、口金の辺りが僅かではあるが黴にやられていた。
 しかし、それ以上にショックであったのは、母が私の知らない間に、着物地や帯地の端切れは勿論のこと、何を考えてか、父のハンカチやら靴下やら下着やらまで、引き出しの隙間や畳紙の間に詰め込んでいたことである。端切れであれば理解は出来る。百歩譲ってハンカチや靴下ならばまだご愛嬌である。しかし、幾ら未開封の新品とは言え、男物のぱんつを娘の着物の間に平気で挟んだまま、忘れ果てないで貰いたいものである……。
 ともあれ、自分の箪笥のみではあるが、着物と帯の種類を一通り書き上げ、畳紙に貼るシールもこまこまと作り、あちこちに散らばっていた下着や小物をまとめ、先日から探していた古い長襦袢と肌襦袢と裾よけも見つけ(これでやっと、まともに半襟が付けられる)、何とか全部を元通りに納め直す所までは漕ぎつけた。後は……これらを今後、どのように生かして行くか、である……。

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2007年12月15日 (土)

私の日常和装(ふだんきもの)事始め――或いは、新たな三日坊主ネタ始動!?

 日曜日、本町の総合卸のお店で「仕立て上がりで一着2980円」というお値段に純粋に惚れて、ぼんやりと予定していた木綿の着物よりも先に、ポリエステルの着物を買ってしまった。葡萄色とボルドーの中間のような地色に、小さな矢絣と刺子風の麻の葉の柄が市松格子のように入っていて、胴裏地はライラック、八掛はボルドーである。折角なので、金茶色と葡萄色のリバーシブルになったポリの半幅帯も買ったが、こちらは1700円也で、合わせて十分に5000円以内で揃ってしまった。木綿と同じく、自宅の洗濯機で洗えるのが有難い。
 で、その晩からちょっと頑張って着始め、平日も帰宅後はこれに着替えて過ごすようにしてみた。どうせ普段用なのだから……と、補正もせず、長襦袢も着ず、普通の下着の上にVネックのセーターを着てスパッツを履いて、その上から着る――という良い加減さである。半襟は、きくちいまさんの真似をして、ちょうどクロワッサンのお店で見つけた雪だるま柄の手拭いを畳んで、それっぽく挟んで使うことにした。今日はお休みなので、思い切って朝から着て、茶道部時代の割烹着も引っ張り出して、掃除やら洗濯やら料理やらをやってみたのだが、大して不自由にも感じなかったのが嬉しかった。これで、まずは七日間、一日に一度は着続けて来たことにはなる。最初は、三日ぐらいで面倒になって来るかな……と、まぁ、余り気張らない程度に続けよう……位に考えることにしていたのだが、何とかここまで来ることが出来たので、まずは最初のハードルをクリア出来たか……な? といった感じである。
 着てみると、着物は矢張り暖かい。昔から背の低い私は、ロングスカートを履くと両親から「P子みたいや」(この例えの意味する所は……『オバケのQ太郎』に出て来る、Qちゃんの妹のP子ちゃんの、体型とスカートの比率を思い浮かべて戴ければ、即座にご納得戴けると思う)と言われては、その都度落ち込み、以来、冬は厚手のタイツかズボンという格好で過ごして来ているので、何だか、防寒の選択肢が増えたような気分になっている。
  まだまだ、家の中でしか着られない段階ではあるが(しかし、今日は宅配便の受け取りには出たし、近所に引っ越して来られた方の挨拶回りも受けた)、もう少し慣れて来たら、スーパーへの買い出しぐらいには出られる位になりたいな……と思う。まぁ、途中でご近所の皆様に擦れ違ったら、驚かれるかも知れないが……。

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2007年12月10日 (月)

香りの宝石をめぐる「日常の芳香と消臭あれこれ」のことなど

 香水の話から、いきなり極めて生活感溢れる香り・匂いの話に飛んでしまったが……。
 以前、「日本人は、自分が使う香水には気を使う癖に、お部屋やトイレの匂い消しには安物の芳香剤を使って平気なのがよく理解出来ない」と、外国人のお友だちから指摘されて初めて気がついた……という話を、どこかで読んだことがある。また、トイレ用の芳香剤にキンモクセイの香りのものを使っていたら、子どもが本物のキンモクセイの花の香りを「トイレの匂いだ!!」と言ったという、笑えない話も読んだことがある。どちらも、何だか惜しいような、もう一考あっても良いような、そんな思いを覚えた記憶がある。
 日本人は伝統的に、その民族の特性として、香り・匂いというものに対して敏感であったり、独特の美意識を備えたりしている傾向にあると聞く。それならば、例え、日々の生活の中で一時的に嫌な匂いを消すだけ、といったようなごく日常的な目的であっても、既製の香りに満足するのではなく、そこに何かしら、独創性のような拘りのようなものが意識的に増し加わる方が、ずっと素敵で文化的で、より個性的で楽しいのではないだろうか。
 『毎日楽ちんナチュラル家事』(光文社)の著者である佐光紀子さんは、トイレの消臭・芳香には重曹にハッカ油を垂らして使っておられる。ハッカ油の代わりにラベンダー油やティーツリーのアロマオイルでも良いらしい。特にティーツリーには殺菌効果もあるそうである。これなど、随分と経済的・合理的・趣味的と見えて、何とも素敵で文化的で個性的な方式でもあるように思われて、思わず真似をしてみたくなる。
 所で、消臭に関しては、マスキング式、中和式、吸着式、分解式、といった方式があるそうである。お香を焚いたり、ポプリを置いたり、アロマオイルを蒸散させたりして、嫌な匂いを良い匂いで誤魔化すのがマスキング式、アルカリ性の匂いに酸性水などを吹き掛けて中和させてしまうのが中和式、重曹などに匂いを吸収させてしまうのが吸着式、スメルキラーなどを使って匂いを分解させてしまうのが分解式――という解釈で、多分合っているのだろうと思う。
 生活していれば、色々な匂いと半ば必然的に付き合って行かなければならない訳だが、その中で、どこをどのように工夫するか、何を選ぶか、等をちょっと気を入れて考えてみるだけでも、より楽しく豊かに毎日を過ごせるのではないか……そんな気がする。

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2007年12月 9日 (日)

香りの宝石をめぐる「ド素人の鼻の極めて失礼な感想」のことなど

 そこそこ香水に詳しい人であれば、例え素人であっても(注・この場合は「調香師ではない一般の香水愛用者」、位の意味あい)、一つの香水に含まれる香りや香料の種類までを、ある程度は嗅ぎ分けることが出来るそうである。それも、所謂「トップノート・ミドルノート・ラストノート(ベース・ノート)」(ある本では「うわ立ち・主香・あと残り」と呼ばれていた)の移り変わりをも、きちんと言葉で言い表わすことが出来るらしい……。ドのつく素人の私の感覚から言えば、もう、それだけでも既に神業レベルである。
 私の鼻は、文字通り素人の鼻である上に、香りを表現する語彙も乏しく、「甘い」「甘ったるい」「バラみたい」「粉っぽい」「柑橘っぽい」「グリーン系」「果物みたい」「香辛料っぽい」「漢方薬みたい」「お香みたい」「軽い」「きつい」「重みがある」「何とも言えない深い感じ」――位しか思い浮かばない。はっきり言って……情けない限りである。
 前にも書いたが、何しろ、過去に天下のエルメスの新製品を「天花粉」呼ばわりしたような奴である。他にも、香水売場でテスターを試しながら「昔の扇子の匂いみたい」何て感想を漏らすのはまだましな方で、ひどい時には「オロナインみたい」だの「柔軟剤っぽい」だの「りんごあめみたい」だの言っては、同行者の顰蹙を買っている。
 そんな中で、ちょっとだけ自分で気に入ってしまった表現がある。ゲランの“夜間飛行”を試してみた時、即座に「お祖母ちゃんの鏡台の匂いみたい」だと感じてしまった。“夜間飛行”という有名な香水があることは、それこそ子どもの頃から知っていたが、実際にその香りに意識的に触れるのは、その時が全く初めてであった。
 父方の祖母が使っていた小さな鏡台は、伯母が結婚するまで使っていたものを私が貰ったのだが、その引き出しの中には、昔から独特な匂いが染みついていた。幼い頃から、私はそれを、祖母が何かの化粧品をこぼした時についてしまったものだろう……と、漠然と思っていたのであるが、その匂いと“夜間飛行”が余りに良く似ていたのである。
 “夜間飛行”が作られたのは1933年であるそうだし、祖母は1947年に46才で亡くなっているから、年代的にはその鏡台の引き出しに“夜間飛行”が入っていた可能性はあるかと思われる。問題は、果たして祖母がそんなハイカラなものを愛用していたかどうかであるが……今となっては、もう確認する術は無い……。

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2007年12月 8日 (土)

香りの宝石をめぐる「ちょっと疑問に思う」ことなど

 この『香水パーフェクトBOOK』には特に見当たらなかったように思うが(何しろ、ぼーっと眺めるような読み方しかしていないので自信は無い)、最近、香水売場で何となく気になるのが、大抵の香水に付けられている「○○様愛用」という札である。この○○の中には、最近の歌手・俳優・タレントなど芸能人の名前が入っている。多くは日本の芸能人である。恐らく、芸能関係の情報誌などで、その香水を愛用していることが公表されているのであろう。尤も、“シャネルNo.5”や“ランテルディ”の瓶に、モンローやヘプバーンの名前の入った札が添えられているのを見たことはまだない。
 この「○○様愛用」という表示は、一体、どのような効果を狙って付けられ始めたものなのだろうか。名前や色あいや瓶の意匠や、テスターで試す香りそのものからだけでは、余り具体的なイメージが湧きにくかったりして、今一つ購買意欲に結びつかないような場合を考えて、もう一つの「具体的な選ぶ基準」として参考に出来るように……といった意味あいからなのだろうか。その効果は、果たして期待出来るものなのであろうか。
 実は、これは私の経験なのだが、昔から非常に興味を持っていたある香水を店頭で見つけ、テスターで試した香りにも結構魅かれるものを感じたにも関わらず、その瓶の「○○様愛用」の札に、普段から余り好きではない或るタレントさんの名前が入っているのを目にした途端、それまで「思い切って買おうかなぁ……」と迷っていた心が、一瞬で「やめとこ!!」に変わってしまった……ということがあった。それは、自分でも、余りに呆気ないと思える位に素早い心境の変化であった。「あの人が好んで付けているという香りを、敢えて自分が纏いたくはない」――そんな、どこか生理的な嫌悪にも似たような気分が、そこには確かにあった。
 「○○様愛用」の札を目にする度、その時のことが思い起こされて、この札は果たして、商品の売り上げにとって、プラスになっているのだろうか、マイナスになっているのだろうか……と、変に疑問を覚えてしまう。こんなことを気にするのは私だけだろうか。「芸能人の誰が使っていようが、自分が好きなものは好き!!」と言える人ばかりとは限らないように思うのだが……。

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2007年12月 7日 (金)

香りの宝石をめぐる「少なからぬ衝撃」を受けた一件

 昨年末から、最新のものを一冊だけは買おう……と思って発注していた『香水(フレグランス)図鑑』(学習研究社)の今年度号が、今だに入って来ないのに業を煮やして、少々高価ではあったが、『香水パーフェクトBOOK』(ミリオン出版)の最新版(2007~2008)を思い切って買ってみた。A4サイズのオールカラーで、香水瓶の写真と簡単な解説などが2000本分掲載されている、言わば香水カタログのムック本である。一覧性のある書籍の強みで、百貨店の香水売場を冷やかす感じで「ぼーっと眺める」ような繰り方が出来て何だか楽しい。まぁ、改めてそのように感じた辺り、如何に、普段からこの手の雑誌を見慣れていないか、という証拠かも知れないが……。
 少し前まで、香水と言えば「琥珀色」が中心であったように思うのだが、こうした本で眺め直してみると、実に多彩な色あいの香水が多種多様な瓶に詰められているのが改めて判って、結構驚いてしまう。見た目だけから言えば、カラフルで軽やかで、しかし深みや重みは除いたような雰囲気が、最近の買い手の多くが求める傾向なのであろうか。
 それにしても、2000種類も掲載されている香水の中に、取り敢えず香りまで知っているものは僅か10種類しか無かった。名前だけ知っているものであれば、もう少しあったのだが、まだまだ修行が足りないようである。しかし、絶対に載っているだろうと思っていた“チェリーブロッサム”“イリス”“ミスディオール”などが見当たらないことと、“ミツコ”の解説には、偉そうにもちょっと首を傾げてしまった。
 そうして……ここに、思わぬ衝撃が潜んでいた。マリナ・ド・ブルボンから、今年の2月に“オーデリス”という香水が発売されていて、これが何と、あの“リス”と同じ、百合の花弁を模した意匠の瓶に「紫の蝶」の模様を一つ置いた無色透明の品だったのである……。白百合に紫の蝶――しかもマリナ・ド・ブルボン……ここまで符合していると、ちょっと……何かを感じてしまう。何で選りに選って紫の蝶々やねん!! と、心の中でぼやいてみても、発売されている事実は事実である。描かれている蝶がアゲハ蝶よりもシジミ蝶に近い感じがするのが、僅かな救いかも知れないが(マヤミムラサキ(真闇紫)は、一応、黒揚羽の深紫色版みたいなやつ、という設定なので……)、今、無性に気になってならない香水であることに違いはない。これは……相当に危険である。

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2007年11月29日 (木)

“日常の和装”に憧れる思い・10

 ここ数年、「和」の持つ魅力が、心安らぐ伝統の良さという面から改めて見直され、既に一定の評価と需要を獲得しているように感じる……そう思い始めていた頃にたまたま出会ったのが、文庫化されたきくちいまさんの『着物がくれるとびきりの毎日』であった。私よりずっと若いきくちさんが、「25歳になったら毎日きもので暮らそう」と決め、仕事も家事も外出も遊びも食事も旅行も――それこそ、庭いじりも掃除も洗濯も、妊娠中も――普通に着物で過ごして来られた……。羨ましさと憧れとが一緒になったような気分で一気に読んだ。友人たちにも事ある毎に一読を勧めている。いつか、彼女らも巻き込んで、気軽で楽しい着物カラオケや着物ツアーが出来たら良いな……何て考えては楽しんでいる。
 ただ、きくちさんは気にしておられないようだが、私は古着というものにはどうしても抵抗がある。自分自身が物に執着する人間であるから余計なのかも知れない。古レコードや中古CDの類は割合に平気だし、古本も余り気にしないのだが、こと身につけるものに関しては、余程よく知った間柄の相手から譲り受けたものや、新品であることが明らかに判っている場合を除けば、何だか前の持ち主の念が残っていそうな気がして落ち着かないのである。それから、色柄物の足袋も苦手である。これまで、白地以外の足袋で「これは素敵!!」というものに出会った試しがないからかも知れない。ただ、時代劇によく出て来る紺足袋は、ちょっと履いてみたい気がするが……。
 それにしても、和装が日常から遠いものになってしまって久しい。
 ふっと思う……例えば、「袖を振る」行為の持つ奥ゆかしくも艶めかしい意味あいを、今、家庭や学校で教えることがあるのだろうか? 「今どき、袖を振って求愛する奴なんかいない」何て単純に片づけてしまう前に、着物の袖が持つそうした興味深い意味あいを、日常の中で若い世代に伝えて行くだけでも、随分と意味のあることだと思えるのだが。
 様々に大切な伝統に裏打ちされた和装の魅力は、矢張りごく普通の日常の中から、自然な形で感じ取り見い出し憧れを抱いてこそ、そうして、手軽に気軽に着て楽しんで満足出来る環境が当たり前のように存在してこそ、「着たいなぁ」という気持ちを自然な形で呼び起こし、和装文化を確かな形で復興させる道へと繋がって行くことになるのではないだろうか……素人なりに、そんな風に思う。

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2007年11月28日 (水)

“日常の和装”に憧れる思い・9

 和装――特に、着物の手入れや管理に関する話題では、これまで、マイナス面ばかり強調され過ぎるきらいがあったように思う。特に、絹の着物の場合は、家で洗えない、丸洗いしたら滅茶滅茶なことになる、ちょっとでも汚したら染み抜き代も馬鹿にならない、洗い張りもクリーニングも相当に高くつく、虫干しの手間が面倒、湿気を帯びると星が入って取れなくなる……と、悪いことづくめのように言われて来はしなかっただろうか。
 家で洗えると謳われていても、素人目にもどうしても深みのようなものが足りなく見える割に、お値段はそこそこする紛い絹の化繊の着物には、余り「欲しい!」という思いが湧かないが、さりとて、絹物は矢張り特別な時に着るものであるような気がするし、浴衣やウールの着物はどうも季節や行事が限定されるように思えるし……。
 と、半ば諦めに似た思いを抱き続けていた私の前に、突然「木綿の着物」という選択肢が現われた。おかしな思い込みで、木綿の着物はもう手に入らない遠い時代のものであるように錯覚し続けたまま来ていたのである。しかし、現在でも、様々な銘柄の木綿地の着物や帯がちゃんと存在していることを知って、俄かに食指が動き始めた。これは――ちょっと危ないかも知れない……。
 その上、きくちさんの本によると、木綿の着物のクリーニングはシーズンの終わりに出す程度で良く、しかもゆかた扱いで安く済むのだそうである。肌着や足袋は普通に洗濯機洗い、帯は洗わなくても平気、着ることが何よりの虫干しになる……経済的でもあるし、洋装よりもずっと楽そうである。
 そう言えば、母も伯母も、余程のことがなければ着物を洗い張りに出すことはなかった。浴衣などは平気で洗濯機に放り込んでいた。伯母の行きつけの洗い張り屋さんは奈良町の近くにあったのだが、幼い頃の私は、伯母に付いてそこへ行くのは少し勇気が要った。というのも、その道中に「スター会館」というヌード劇場があり、そこには胸を露わに放り出したお姉さんたちの写真が一杯貼られていて、とてもではないが正視することが出来ず、伯母の手をしっかり握ってじっと俯いて地面を見ながら通り過ぎなければならなかったのである。因みに、この劇場は、かつては「新徳席」と呼ばれる有名な寄席で、浪曲や落語や漫才などの演目の他、東映の俳優さんらを招いての実演もあって非常に賑わっていたそうである……と、また話が飛んだ。

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2007年11月27日 (火)

“日常の和装”に憧れる思い・8

 伝統というものは、余程の場合を除いては、基本的に「守り続けるべきもの」であると思う。そうして、和装の世界はそうした伝統に裏打ちされながら、独自の魅力を形づくり保ち続けて来た筈である。ファッションというものには、確かに流行も個性も大切であろうが、日本独自の服飾文化である和装には、それ以前に、守るべき習慣、崩してはならない一線というものがまず存在すると思う。
 結構自由な発想で着物生活を楽しんでおられるきくちいまさんも、『着物がくれるとびきりの毎日』の中で、「きものをミニにして着たり、えり元を開けすぎてセクシーになってたり、袖から長襦袢がぺろーんと出ていたり」「きもの姿にブーツをはいていたり、えり元からネックレスが見えていたり、きものにサングラスをかけたり」というのは、矢張り「どうかな」という感じで書いておられる。
 和装業界もメディアも、何でもありのような着方を取り上げて一時的に若者の興味を引こうとするより、伝統の良さを基本とする日常の和装の魅力を地道に紹介し続ける姿勢を心掛けて行く方が、将来的に細く長く和装ファンを増やして行く結果に繋がるのではないだろうか。
 つい先日、知人が仲間たちと開いた陶芸展を見に、久々に京都河原町まで行ったのだが、ちょうど七五三参りの期間にも当たっていた為か、参詣帰りと見える和装の家族連れが結構多く、また、観光客らしい若い女の子らが着物姿で土産物店を覗いていたりして、なかなかに素敵な風情があった。そう言えば、最近は、観光客に着物を貸し出して散策して貰ったり、和装の観光客に割引など特別のサービスを提供したりする企画が増えて来ている――と、ニュースで見た覚えがある。しかし、何より嬉しかったのは、その日見た和装の老若男女が、誰も皆「普通の着方」をしていたことであった。京都だから特別、という訳でもなさそうであった。少しずつ、和装を普通に楽しむ一般人が増えて来た証拠なのかも知れないと思う。
 昔買った着付け関係の本に「ジーンズ感覚で浴衣やウールをどんどん着ましょう!」という、どこか空々しい雰囲気の記事があったのを覚えている。あくまでも着物の主役は絹の小紋や訪問着や振袖であり、日常に着る着物の話題は添え物的な扱いで十分……そんな感じで余り好きになれなかったのだが、しかし、どうやら、日常の和装に関しても、変化は訪れて来ているような気がする。

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2007年11月26日 (月)

“日常の和装”に憧れる思い・7

 若い人らの和装離れを加速させることになった原因をあれこれと考えてみる中で、ふっと思い当たったものがある。少々、穿ち過ぎた考え方かも知れないが、私は「一部の着付け教室」にもその罪はあると思う。
 私と妹は、最初、基本的に「余計な器具を一切使わず、紐だけで着付ける」ことを旨とする着付け教室で自装を習った。非常に良心的な費用とシステムを採っていて、本当に気持ち良く習うことの出来る教室であった。ただ、そこでは残念ながら通産省認定の資格までは取得出来なかったので、妹は更に、別の着付け教室に通い始めた。そうして、最終的には師範の資格まで取ったのだが……。
 その教室たるや――教材と称して、様々な「着付け用の器具」を次々と半強制的に買わせる上に、着付け方自体も変わっていて、特に衣紋を極端な位に大きく、まるで「玄人さん」と見紛うばかりに抜くのが特徴で、母はこれをひどく嫌った。授業の最終日位には「絶対にこの教室のやり方を守って教える」旨の誓約書まで取られたと言う。卒業式の日は、当然ながら自分で晴着を着て行く決まりになっていた訳なのだが、母は妹に「頼むから、家からあんな恥ずかしい格好で出て行かんといて。帰りも着替えてから帰って来て」ときつく釘を刺した。妹は着付けに必要な一式を持って出て、髪のセットを頼んでいた美容院で無理に場所を借りて着替え、何とか式に臨んだのだが、結局、その教室のやり方には妹自身も不満や疑問があったらしく、せっかく貰った金看板を、今もどこかに仕舞い込んだままである。
 このような着付け教室の方針には、非常に疑問を覚える。高価な着付け器具を買わせ(確認試験はその器具使用が原則なので、買わない訳には行かないそうである)、決して上品とは言えない位に大きく衣紋を抜くような着付け方を正しいとする着付け教室が、通産省認定のお墨付きを武器に大手を振って罷り通り、卒業生が「せっかく費用と時間を使って資格は取ったけれど、あんな着付け方を広めることには抵抗がある」と、新しい教室の開設を躊躇するようなことでは、こうした教室にとって何よりも大切な筈の「和装文化の奨励」という使命を果たすことさえ覚束ないのではなかろうか。
 和装文化を率先して広めて行くべき着付け教室の一部に、こんな方針の所が現実に存在すること自体にも、案外、大きな問題があるのではないか……というのは考え過ぎだろうか。

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2007年11月25日 (日)

“日常の和装”に憧れる思い・6

 戦前までは一般社会でまだまだ主流を占めていた和装が、戦後は瞬く間に洋装に取って代わられて行った――そんな歴史を、私は主に、父母のアルバムや邦画やTVドラマや記録写真などを通して目にし、漠然と理解して来たように思う。自分自身の幼い頃のアルバムを見てみても、祖父も母も伯母も、時には父も、割合に着物姿で映っているのに、成長するに連れてそれが段々と少なくなり、やがては日常に着物を着たいとでも言おうものなら「阿呆か」の一言で片づけられ、変人扱いされるようになって行ったのである。
 和装というものが、「日常のもの」から、いつしか「特別なもの」になって行った経緯に関しては、専門の方が詳しく考察してまとめておられる筈であるが、私も素人なりの感覚でざっと考えてみる。
 本当に大雑把な考えではあるが、戦後、急速に生活の欧米化が進み、更に女性の社会進出が増加するに連れて、着物はもう古い、動きにくい、実用的でない、といった感じで日常の和装人口がどんどん減少して行き、やがて晴れの装いの為の和装が中心となるに従って高価で贅沢な印象ばかりが強くなり、和装に対する一般の興味が薄れ始め、そうこうするうちに、伝統の芸能や文化に関わる人や趣味で楽しむ人などを中心とした、ごく一部に限られた需要ばかりが残り……瞬く間に、着方も知らず着る必要も感じず魅力もさほど覚えないような世代が増えて行くことになったのではないだろうか。そうして、着る側の観念の変化による需要の推移により、提供する側も生き残りを掛けた販売戦略として必要に迫られるまま、主力商品を日常の着物から晴れの着物へ、更にはブランド着物の類へ、遂には伝統を多少無視しても今の若者に容易に受け入れられそうな着方やデザインを考案し提示する方向へと、変化して行かざるを得なかったのではないだろうか……。
 ある意味、こうした変化はごく自然な流れであるように思われる。幾ら着物に興味があっても、周囲が殆ど洋服なのに自分一人だけが和服を着るのは勇気が要るし、慣れない者には着方が面倒で難しそうに思える上に、着付けに時間と費用が掛かり、高価な晴着は着る機会が限定され、呉服店は高級宝飾店と同じく敷居が高い……となって来ると、無意識に敬遠してしまいたくなる気持ちも頷ける。それだけに、昨今の若い人らが「日常の和装」を楽しむ動きを見せ始めていることには、非常に嬉しいものを感じるのである。

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2007年11月24日 (土)

“日常の和装”に憧れる思い・5

 所で、そのおさらい会では、舞台に上がる生徒さんの多くが和装かスーツ姿であったが、恐らくは「三味線を気軽に楽しむ」といった目的の所以か、普段着に近い姿の生徒さんもあった。そうして、その中に、膝頭に穴の空いたジーンズ姿の若い人があった。これもまた、一部の流行の影響を受けての出で立ちであったのかも知れないのだが、彼女が三味線を演奏している間中、その丸い穴から丸く覗く白い膝が妙に浮き上がって見え、何とも気になって落ち着かなかった。
 和装でも洋装でも、一番大切に考えなければいけないのは、矢張りTPOであると思う。格式あるホテルの結婚披露宴に「TシャツとGパン」や「浴衣に下駄履き」で行く人はいないだろうし、自宅で日常の家事をするのに「カクテルドレス」や「訪問着」をわざわざ着る人もない筈である。幾ら、気軽に楽しむことを大きな目的とする趣味道楽のおさらい会であっても、仮にも観客を前にして晴れの舞台に立つからには、それ相応の装いがあって然るべきなのではないだろうか……。
 また話が逸れるが、何十人もの観客が見守るおさらい会に、つんつるてんの浴衣や穴あきジーンズで参加していた生徒さんを二人続けて目にしたせいでか、不意に、曽野綾子さんが5月頃に産経新聞の連載コラムの中で書いておられた文を思い出した。曽野さんは、破れたジーンズのファッションがお嫌いで、「他人の貧しさをファッションにして楽しむ神経」に、どうしてもついていけない――と書いておられたのだが、もしかしたら、私がつんつるてんの浴衣に対して覚える違和感のどこかにも、そうした思いがあるのかも知れない。
 今、写真などを通して見ることの出来る、昔の日本の子どもたちの多くが、着物をかなり短めに着ているのは、決して動きやすさや涼しさを第一に求めてのことではなく、成長期に常に身の丈に合った着物を仕立ててやるだけの経済的な余裕が、親の側になかった為であるだろう。つまり、子どもたちのつんつるてんの着物は、当時の日本の貧しさを表わすものなのである。
 天神祭に向かう今の若い子らの多くは、恐らくそこまで深く考えることなく、単に「動きやすい」「涼しい」「雑誌にも載っていた」といった理由で、平気でああした着方をしているのではないだろうか。それが「かつての日本の貧しさを、それと知らずにファッションにして楽しんでいる」などとは、考えもよらないのではないだろうか……。

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2007年11月23日 (金)

“日常の和装”に憧れる思い・4

 この夏、知人が習っている三味線のおさらい会にお招きを受けて行った時、何より驚いたのは、まだ若い生徒さんの中に、浴衣をつんつるてんに着て平然と舞台に上がった人がいたことであった。
 会場のお座敷で、たまたまその子(多分、短大生か大学生くらいではないかと思われた)が私の前に座を占めた時点では、多分、私と同様に観客として招かれた生徒さんの家族か知人なのであろうと考えていた。実際、時節柄や場所柄に合わせて、浴衣や絽や綿絽の着物を着て来ておられたお客さんは多かったし、例の天神祭で、若い子らの間ではそういう着方が多いことは知っていたから、余り気にせずにおこうと思ったのである。それだから、プログラムが進んで、やがてその子が舞台に上がって三味線を弾き始めた時には、本当に驚いてしまった。
 有名な落語家さんが主催しておられる会なので、司会や鳴物や受付など、直弟子の方々も大勢お手伝いに来ておられたのだが、そういった方々が実に自然にきちんと浴衣を着ておられたことも、余計にその子の着方を悪目立ちさせる結果になったように思われる。
 折角、若いながら三味線という和楽器に興味を持ってお稽古し、おさらい会にまで出られる程に上達しておられても、また、仮に、そうした着方が若い人たちの間で市民権を得て来ているのだとしても、あれではぶち壊しになってしまいそうである。底意地の悪い姑根性むき出しの観客であれば、本人ではなく、それを黙認した師匠を非難するかも知れない。何とも惜しい話である。
 それにしても、ああした着方は、本当に市民権を得て来ているのだろうか。私には、ごく一部(例えば、若者向けの和装事情を取り上げた雑誌の記事や、夏祭を報じるTVニュースの映像など)で「認められているように錯覚させる」ような扱われ方をしているのを、単純に「あんなのもOKなんだ」と勝手に都合良く信じ込んで、そういう着方をしてしまっているだけのような気がしてならないのだが……。
 必要最小限は守られるべきTPOよりも、各個人の好みや都合や流行が優先されてしまっては、相応のけじめに守られて構成されるからこそ心地よい折角の“場の雰囲気”が、台無しになってしまうように思う。「気軽に着て楽しむ」ことも大切だが、そればかりを推奨していては、和装文化そのものが薄っぺらなものになって行ってしまうのではないか……素人なりに、そんな懸念を覚えてしまう。

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2007年11月22日 (木)

“日常の和装”に憧れる思い・3

 しかし、最早、外国の映画やドラマで驚いているどころの騒ぎではない……と痛切に感じたのは、昨年、大阪環状線で、天神祭に向かう「奇抜極まる着方の浴衣軍団」に遭遇した時であった。詳しくはその時の雑記に書いたので省略するが、ああいった何でもござれのような着方は、最近のファッション雑誌か何かが意図的に誘導したものなのだろうか? それとも、とにかく一人でも多くの若い子らに着物を着て貰わねばという業界の苦肉の策から生まれた、一種の徒花のような現象なのだろうか?
 実は、あれ以前から強烈に記憶に残っている、ある場面がある。
 それは、何年か前の紅白歌合戦の時であったのだが、既に早い時間帯に歌い終えた若い女の子らが、先輩の応援の為であったか、舞台袖に振袖姿で再登場して、司会者の横に並んだのだが……その姿を一目見るなり、父が思わず「何や、あれ!?」と叫んだ。
 それは、ちょっと信じられないような「着方」の振袖姿であった。決して、でたらめな着方でもなければ、だらしない着方でもない。ちゃんと、その道のプロが相応の時間を掛けて丁寧に着付けたものであろう、極めてきちんとした着方ではあった。
 しかし、彼女らの立ち姿たるや……最早、「着物に着られている」といった段階など飛び越して、着物に縛り上げられている、着物に固められている、とでも表現するしか無さそうな――まだ、木目込み人形の方が遙かに自由が利きそうな雰囲気の、ここまで来るともう、窮屈そうだとか着慣れない感じだとかいった言葉などではとても追いつかない位の――何とも惨憺たる代物であった。
 帯も着物も、ごく普通に仕立てられた結構上等の品に見えた。帯揚げも帯締めも同様であったと思う。決して着付けが悪いのではない。着付けた人の責任では絶対にない。着ている子らの中に、そもそも「着方」「着こなし方」という意識自体が存在しないのではないだろうか……そんな風に感じたものであった。
「まるで拘束服やがな。あんな着方して貰ろてまで、着物の文化に生き残って欲しいとは思わんなぁ……」
 ――父の漏らした如何にも嘆かわしげな響きに満ちた言葉と溜め息が、今も耳に残っている。
  随分「日常の和装」から離れて来てしまった感じであるが、もう少し続けてみる。

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2007年11月21日 (水)

“日常の和装”に憧れる思い・2

  所で、日常の和装、と聞いてすぐに思い浮かぶのは、『ねらわれた学園』(大林宣彦監督/1981)である。薬師丸ひろ子さん演じる主人公の由香とその父母(山本耕一さんと赤座美代子さん)は、家族団欒の場面でごく当たり前のように和服を着ていた。但し、この場面は、見た目は日常の和装の場面として描かれながら、明らかに現代に於ける非日常の、どこか別世界めいた雰囲気を作り出す効果を狙っての演出のように感じられた。
 和装が日常であった第二次大戦前を舞台にし、尚かつ着物の扱いが群を抜いて印象的であったのは、『細雪』(市川崑監督/1983)である。蒔岡家の四姉妹が折々に着こなす数々の和服は、普段着も晴着もそれぞれに、極めて自然な気品に溢れて美しく、作品主題を更に鮮やかに浮き上がらせる為の重要な役割を見事に果たしていた。特に印象深かったのは、法事後の場面で四姉妹がそれぞれ、黒・似紫・ラベンダー・オーキッド――と、呼ぶのが近いと思う――の紋付に黒の帯を締めて勢揃いする所であった。余談になるが、昨今の某老舗料亭の話題を目にする度、この場面で伊丹十三さん演ずる辰雄が口にした「せやから吉兆から弁当取って出しましたがな」という台詞が浮かんでしまう……。
 そう言えば、外画や外国ドラマに登場する着物が「割と良え加減な着付け方」である例を初めて見たのは、小学生の頃である。多分、西部が舞台のもので、何か変な着方の着物姿をした日本人と称するお姉さんが出て来て、子ども心にも激しい違和感を覚えた記憶がある。確か、主人公の若者が二人いて、何かの一座と旅をしながら誰かを捜しているお姉さんが、知り合ったその二人に日本の料理だと言って親子丼をご馳走する場面があった。「これ、親子丼といって、鶏肉と卵だけなんですけど、とっても美味しいんです」といった台詞があり、お箸を渡された二人が「こんな棒切れ二本じゃ食べられない」とか言って、お姉さんに「あーん」と食べさせて貰う。で、そこへ悪役がやって来て、ジャグリングをして見せていた一座の道化師に向かって発砲する場面があったような、そこに子役が一人いたような……その程度の記憶である。
 昨年DVDで見直した『オリエント急行殺人事件』にも、イスタンブール駅に妙な帯結びの芸者さん風の人物が登場していた。一体、どうやればあんな結び方が出来るのだろう……と、返って興味を感じてしまったことであった。

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2007年11月20日 (火)

“日常の和装”に憧れる思い・1

 現在発売中の『自分らしく着るデイリーきもの(別冊NHKおしゃれ工房)』(NHK出版刊)を見て、またちょっとばかり、着物に対する興味が再燃し始めている。
 そもそも、久し振りに着てみようかなぁ……と思い始めたのが、非常に情けないことに、同窓会に着て行こうと考えていたスーツのスカートが「どれも入らへんやないかーっ!!」という現実を思い知った時であった。で、着物であれば、多少のサイズ変化にも柔軟に対応出来るのに……と、暫く振りに意識が向き始めたのである。更に昨年、きくちいまさんの『着物がくれるとびきりの毎日(知恵の森文庫)』(光文社刊)を見て、若い人でも結構普段に着物を着始めていることを知り、日常の和装というものにも心が動き始めた。
 母は西陣の出であるから、入学式や卒業式、授業参観日などには、大抵の場合、紋付と羽織で現われたし、結婚式に出席する時には必ず留袖を着て行ったし、親戚の葬儀にも大抵は和装で参列していた。お正月だとか、外国人のお客さんがみえる時などには、ウールの着物に割烹着姿であった。私自身は、小さい時は七五三参りや初詣に四つ身の着物、夏にリップルの浴衣と三尺帯、お正月や節分にウールの着物と羽織、中学から高校まではお盆の浴衣とお正月のウールの着物、位であった。学生時代は茶道部に所属していたこともあって、小紋、付下げ、ウール、浴衣など、割合に着る機会もあったのだが、後は、成人式・卒業式・謝恩会、友人の結婚式……程度のものである。
 大体が、我家では「普段に着物を着たい」……何て言ったりすれば「阿呆か」「お婆ンか」の一言で粉砕されるのが落ちであったから、余り積極的に口に出すのは控えていたのだが、それでも、伯母や伯母の友人が「冬は着物やないと寒うてならへん」何て言っているのを聞くにつけ、矢張り、普段に着物が着られたら良いなぁ……といった意識はぼんやりと持ち続けていた気がする。
 自装だけは○○年前に集中的に習いに行き、一旦は一人で着られるようになったのだが、それから久しく着ないうちに、あれこれ忘れてしまっている。多分、着物はそこそこ着られても、帯まではとても結べないだろう。
 それでも、和装小物や風呂敷、匂い袋の類を目にすると、ついつい食指が動いてしまうのは……いずれは(着物を)着たい、という思いが心の底にしっかりあるからに相違ない。

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2007年11月18日 (日)

革手袋雑感・後

 一番最初に、革製の手袋というものを意識したのは、多分、オルコットの『昔気質の一少女』の中でポリーとファニーが交わす「キッドの手袋じゃ冷たいでしょうね?」「でもマッフは大き過ぎてもつのいやなの」という会話(角川文庫の吉田勝江氏の翻訳で読んだ)であったのではないかと思う。国語辞典で「キッド」の意味を引いてみて、それが「小ヤギの皮」のことであると確かめた覚えがある。
 それから、映画『大空港』で、ヘレン・ヘイズ演じる無銭搭乗常習犯の老婦人が、不正を発見されて重役のディーン・マーティンの前に突き出されながら、勧められたサンドイッチを「革手袋をはめたまま」つまむ場面。更に平然と、機内食のドレッシングににんにくが入っていることを「あれは、お年寄りには苦手な人もいるから駄目」だとまで助言する、迷惑ながら妙に気品とユーモアに溢れて憎めない可愛いお婆ちゃんの姿と、その手にはめた革手袋が、最初にテレビで見た時から忘れられず、大きくなったらあんな革手袋をはめてみたい……何て、ぼんやりと思い続けていた。
 向田邦子さんの随筆に、若い頃、気に入った手袋が見つからない、というだけの理由で、風邪をひくまで手袋なしで過ごした――といった内容のものがあった。それが革手袋であったかどうかまでは思い出せないが、良い悪い以前に、そこまで片意地な自己主張と言うものには、どこかそら恐ろしく感じられるものがあり、自分の周囲にそこまで激しい個性の持主がいないことに、何故かほっとした……といった記憶がある。昨年、毛糸裏の羊革手袋を見つけた時も、取り敢えずはそれで妥協出来た自分に、何かほっとするものを感じた。向田さん程にはなれない自分が、どこか愛しくさえ思えたのである。
 昨日、久し振りに会った友人に、誂えの革手袋を見せて貰った。私好みの裏地の無い仕立てで、軽くて薄くて柔らかで滑らかで、内側にはローマ字で名前も入れてある。くしゃくしゃに丸めて鞄の中に入れていても、皺になったりしないし、水洗いも出来るのだと言う。思わず、非常に心引かれるものを感じてしまった。お値段は割合に張るそうだが、一生ものと考えて、一度くらいは誂えてみたい気がする。
 革手袋の手入れには、ハンドクリームを少量すり込むのが一番良い……と読んだことがある。ある意味、自分の皮膚の代わりをしてくれるものでもあるし、矢張り自分の手と同様に大切に扱いたいものである。

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2007年11月17日 (土)

革手袋雑感・前

 昔から、妙に気に入っているのが革製の手袋である。特に、裏地の付いていない薄地の革手袋は、驚くほどぴったりと身に馴染むし、風を通さないので暖かいし、何より、はめたままで定期券を出し入れ出来るので、横着で無精者の私には持ってこいである。
 一昨々年の冬、二十年近くも愛用して来た栗色の牛革手袋が、流石に寿命が来たのか手首の辺りから大きく綻んでしまった。一抹の寂しさは覚えたものの、これでやっと、予備に買っておいた羊革の手袋を新しくおろす踏ん切りがついた――と、良い方に考えることにした。どちらかと言うと、皮革製品は牛革よりも羊革の方が、手ざわりが柔らかくて好きなのである。
 その矢先、お友だちと冬の高野山に行くことになった母が、「これをはめて行く」と、見覚えある緑色の革手袋を引っ張り出して来た。聖地に皮革製品を付けて行く是非はさて置き、嫁入りの時に持って来たその手袋、服飾のセンス皆無の私が見ても「はっきり言って格好が悪い」と断言出来る程、革の表面がぼろぼろに乾き切ってひび割れている。やめといたら……と言ってみても、「高野山は寒いから」と聞かない。仕方がないので、大奮発して、まだ一度も使っていない羊革の手袋を貸すことにした。珍しく素直に借りてはめて出て行った母であったが……。帰宅するなり「片っぽ落とした」と言う。それも、南海線で切符を買う為に外した時かも知れない……程度の曖昧な記憶しか無いらしい。まぁ、非常に霧の濃い日であったし、交通事故にも遭わずに無事に帰って来ることが出来たのは「ひつじが母を守ってくれた」証拠だと考えて諦めることにした。(因みに母は「代わりに新しい良えの買うたるがな」とは言わなかった……)
 そうして、新しい革手袋を探し始めたのであるが、さて、これがなかなか見つからない。最近の革手袋には殆ど裏地が付いており、防寒用という側面から見ればより暖かそうではあるのだが、試しにはめてみると、残念ながら裏地の無いもの程には手に馴染まない。 結局、その冬と次の冬とは、毛糸やウール地の手袋をはめて過ごした。しかし、昨年の冬の余りの寒さに、ひとまず妥協することにして、裏地に毛糸を使った紺色の羊革の手袋を買うことにした。暖かく柔らかく、はめたままでもそこそこは定期券の出し入れが出来る。
 朝夕、急に寒くなって来た。今年もそろそろ、この「毛糸裏地付き革手袋」の出番が近づいて来たようである。

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2006年8月 2日 (水)

浴衣に寄せる思い・その2

 最近の浴衣は、色にしても柄にしても着方にしても、良く言えば個性的、悪く言えば何でもござれの雰囲気がある。それが、時代の求めに応じた和装業界の懸命の生き残り策の一つであるのかも知れないが、今回、環状線の車内で目にした凄まじいばかりの光景(尤も、そんな風に感じたのは私だけかも知れないが……)を思うと、ここまでして生き残ったとしても、果たしてどのような意味があるのだろうか、それが大切な伝統を守ることに繋がるのだろうかと、底意地悪く首を傾げたくなってしまう。「着て貰えれば十分」「売れれば十分」で済む問題ではないと思うのだが……。
 浴衣は、基本的に「さらり」と「きりり」と「すっきり」と着るものではないのだろうか。自分も涼しく、周囲の人の目にも涼しく映ることを意識して、颯爽と着こなすものなのではないのだろうか。少し前までは、女性の浴衣と言えば、基本が白地か藍地で、柄ゆきはと言えば、様々な季節の花や夏の風物、たまに仮名文字を散らした粋なものもあったりして、いずれも、まず見た目の「涼しさ」が原則のように重視されていた。傍目にも涼を感じさせ、裾からちらと覗く素足に赤い鼻緒の塗り下駄という、清潔感溢れる艶めかしさを伴う――それが、女性の浴衣姿のごく普通の印象であったように思う。
 決して、最近流行りの色柄物が良くないとかブランド物が悪いとかは思わないが、「浴衣」と銘打つ以上は、矢張り基本的にはそういった伝統的な路線だけは踏襲した上で、売る側も着る側も、それぞれに新しい試みを広げて行って欲しいものである。
 絽の単衣を着る時には夏足袋を履くが浴衣を着る時には素足が基本。柄物の浴衣には単色の帯を結んだ方が印象が引き締まる。浴衣には余計な飾りを付けず化粧も素顔に近くする――殊更に教えられた訳ではないが、そんな風に自然に理解し素直に納得している。単に「その方が涼しそう」だからでもある。
 常識を砕く、伝統を破る、イメージを覆す――そういったことが、服飾の全てに於いてもてはやされるとは限らないのではないだろうか。常識を守り、伝統を尊び、イメージを大切にし続けることの方が、返って素敵に格好良く感じられる場合も多いのである。浴衣に関しては、伝統ある和装の一つであるから尚更に、そんな風に思えるのかも知れない。

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2006年8月 1日 (火)

浴衣に寄せる思い・その1

 先月、25日の天神祭当日、帰宅途中の環状線は「カラフル浴衣の女の子軍団」にほぼ占拠された状態であった。伝統的な夏の行事に伝統的な和装で参加して、より風情を楽しみ雰囲気を盛り上げようという風潮は大いに歓迎したい。しかし、それ以前に……残念ながら、彼女らの浴衣姿は、この服飾センス皆無の私の目で見ても、決して「涼しげに素敵に着こなしている」とは言い難いものがあった。滅多に着ないもの、着慣れないものではあるから、着こなすということを求める方が間違っているのかも知れないし、浴衣や和装に対する考え方そのものが根本的に異なっている可能性も高いと思われるのだが、しかし、例えそうであっても、伝統の衣装を身に纏う以上、常識的な範囲で守るべき限度、超えるべきではない一線というものは存在するのではないだろうか。
 大体、殆どの子が着方を知らずに着ているとしか思えない。特に「つんつるてん」の子が異様に多い。歩きにくいからなのか、単に暑いからという理由でなのかは解らないが、せっかくの浴衣を平気で幼児のように膝近くまでたくし上げて着ている。元来、気軽に着るものであるし、わざわざ美容院で着付けて貰う程のこともないのであろうが、余りにも「取り敢えず我流で羽織って適当に帯を締めて出て来た」といった雰囲気の子が多かった。
 加えて、色柄物の浴衣に色柄物の帯を締めているのはまだ序の口、衿にメイドさんのエプロンのような綿レースを付けたり、パーティードレスに使うようなシフォン地の布を帯の上から結んだり……。浴衣に足袋を履いて雪駄を引きずりながら乗って来た子は、その足袋も色柄物であった。素足に下駄の子も、血のような赤や烏爪のような黒のペディキュアを塗ったり、それにビーズやスパンを散らしていたりする。サンダルやつっかけはまだしも、厚底靴(しかもブーツである)を履いた子を見た時には、文字通り目が点になった。髪をすっきりアップに結いながら、両耳にじゃらじゃらと嵩の高いイヤリングを着けて、顔だけお面のような厚化粧をした子もいた……。
 恐らくは、誰が見たとしても、野暮ったい、暑苦しい、格好悪い、見苦しい、ちぐはぐ――そんな印象を与えるような着方……。そんな着方であっても、それが流行だの個性だの今風だのといった言葉で肯定されれば、次第に市民権を得て行くのであろうか……。

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2006年5月 7日 (日)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・番外編その2

 先日来、無性に気になり続けていた "リス" (マリナ・ド・ブルボン)を、思い切って買ってしまった。外箱は品の良い薄紫で、蓋を開けた裏側は藍色の地に白い小さいフランス百合を規則正しく散りばめた意匠……。一目見て、思わずあの『ベルサイユのばら―アンドレとオスカル―』の舞台の「カーテン前」場面で使われた、紺天鵞絨の生地に金のフランス百合をあしらった懐かしいカーテンを思い出してしまった。百合の花弁をイメージしたと言う無色透明の瓶は、確かに、一枚の百合の花びらを思わせて優雅な弧を描く独特の形状で、透けて見える香水の色は見事に淡紫である。そうして、この瓶にも金色のフランス百合が一つ付いている。そう言えば、ブランド名にある「ブルボン」も気になる。ざっと調べてみた所、何とこのブランドの創始者であるマリナ・ド・ブルボン-パルメは、ブルボン王家の末裔なのだと言う。単純に「百合」と「淡紫」と「発売日」に魅かれて買った香水が、こんな所でまたもや『ベルばら』と結びついてしまった……。
 それはさて置き、早速に、果たしてクレアのイメージに近いものがあるかどうかを試してみたのだが……香りのド素人である私自身の感覚では、すぐにはちょっと良く判らない感じであった。肩先で、ひつじの奴が「や~い、作者の癖に~☆」と、ひづめ叩いて囃し立てたもので、それならばと、奴めに対して「どない?」と尋ねてみた所、「う~ん……」と長らく考え込んだ挙句、やおら「こほん」と咳払いを一つして、「あのね、強いて言うならね、どこかクレア☆の髪の匂いに、ほんのちょこっとだけ似てるような気は、するんだけどもね……」と、何とも微妙な表現で答え、更に「だけどね、幾ら専門の職人さんの技の結晶だって言ってもね、人間の感覚で拵えた香りの中に、クレア☆のイメージを探そうとする所からして、そもそも間違ってるんじゃないのかな~?」と付け加え、更に偉そうに「大体がね、鉄炮百合とか高砂百合とかは、確かにクレアみたいな匂いがして、ぼくも好きだけど、百合の花からは香水が作れないこととか、百合の花の香りを再現することが凄~く難しいとされてることとか、とっくの昔に承知済みの癖して、何で今だに香水の中でそれを探そうとするのかな~? 何か無駄なことしてる気がするんだけどな~」
 ……八頭身(やつみ)の時に訊くべきだったのだろうか……。

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2006年5月 6日 (土)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・番外編その1

 今回は、香水そのものではなく、香水吹き――アトマイザー絡みの文を書いてみる。
 香水類は、一度に沢山つけるのではなく、時間が経過して香りが薄れて来たら改めてつけ直す方が良い……と、読んだことがある。そうなると、外出時に香水を携帯出来る小分け用の容器が必要になって来る訳で、雑貨店の香水小物の棚には、洒落た小瓶やスプレー式のアトマイザーが沢山並んでいる。最近は、くるくる塗れるロール式の製品も見かける。
 所で、不器用の見本のような私にとって、香水を瓶からアトマイザーに移し替えるのは、非常に困難な作業である。小さなスポイトや漏斗が付属しているアトマイザーもあるが、最近手に入れたオー・ド・トワレやオー・ド・パルファムの瓶は、全てスプレー式なので、そう簡単には移し替えることが出来ない。仕方なく、アトマイザーの口に香水側のスプレー穴をぴったり当てて吹き入れたり、漏斗を差し込んで同様に何度も噴霧したりして移し替えていたのだが……その都度、漏れなく「零す」というおまけが付いて来て「あ~、勿体ない~」と、精神衛生上良ろしくないことこの上もない。パソコン用のエア・ダスターのように、噴射口の先に付ける細長いノズルのような付属品でも付いていれば、もう少し失敗しにくくなるかも……等と思いつつ、妙案も浮かばないまま今日まで来てしまった。
 所が、先日新しく買ったアトマイザーには、スポイトや漏斗ではなく、丁度、スプレーの頭の部分に細長いノズルを付けたような形の「詰め替え器具」が付属していた。これが実に画期的なもので、香水側のボタン部分を抜いて差し替えれば、実に簡単に失敗なく詰め替えることが出来る。メーカーの創作であれば、きっと実用新案特許も取得しておられるに違いない。更に親切なことに、小さなシールが四枚付いている。これを香水瓶とノズルとアトマイザーにそれぞれ貼っておけば、いずれかを取り違えて香りが混ざってしまうような事故も避けられる。なお嬉しいことに、このシールの模様が(無論、何種類も用意されているのであろうが)、何故か偶然にも「金色のフランス百合」であった……。
 メーカーはヤマダアトマイザー。社名からしてアトマイザー専門の会社らしい。流石に使う側の身になった実用的かつ心難いサービスを考案されたものだと、感心すること頻りの私である。

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2006年5月 3日 (水)

珍しく……気に入ってしまった化粧品(と言っても保湿クリーム)のお話など

 昨秋から冬に掛けて、肌の乾きをジェシーのスキンミルク(「Jecy's favorites body care milky lotion」)に救われた記憶も新しいが、少し前に知人から教えて貰った保湿クリームが、これまた非常に気に入ってしまった。「尿素とヒアルロン酸のクリーム」である。販売名は「Uモイストクリーム」、発売元は石澤研究所、製造販売元はニコスター株式会社。50g入りの瓶が税抜1,800円である。表示されている全成分は、水を含めて15種類。この手の製品(化粧品の類)としてはシンプルな方かも知れない。
 このクリーム、お風呂上がりに顔や手や角質部分を中心に薄く塗り伸ばして暫くすると、びっくりする位にしっとりして来て、それが結構長続きする。混ざり物が少ないお蔭でか、今の所は変な異常が全く出ていないし、香料の類も一切入っていないのが嬉しい。
 無香料というのは、色々な意味で本当に大切なことだと思う。『毎日安心ナチュラル生活』(光文社刊)の佐光紀子さんは、制汗パウダーの代わりに重曹を使い、「重曹で気になる汗の匂いを吸い取らせ、好きな香りのコロンをつけた方が、よほど気分よく出かけられる」と書いておられるが、成程、局方の重曹は粒が細かくてざらざらせず、食用にも使うものだから安心だし、何より無臭なので好みのコロンの香りも引き立つ筈である。この保湿クリームにしても、大切なのは使い心地やムードよりも、ずばり保湿効果そのものなのであるから、余計な香りなど加える必要はない訳で、それを実践しておられる辺りにも、メーカー側の自信と誠意が感じられる気がする。
 難を言えば、似たような商品名の製品が他社からも出ていて少々紛らわしいこと(目印は「尿素とヒアルロン酸の…」の「と」の字が「桃色の丸に白抜き文字」になっていることである)、置いているお店が少ないこと、定価販売が徹底していること、等だろうか。後は、チューブ入りの製品でも発売されれば、より使いやすくなると思うのだが、瓶のみの発売には、品質管理や環境配慮などの諸事情があるのかも知れない。
 化粧品の類を友人知人に勧めることなど滅多にない私であるが、この保湿クリームに関しては、我が身で人体実験済みの製品の中でも、特に「これは良いと思う」と、自信を持って勧めるに値するものであるように思う。無論、とっくにご存じの方の方が多いかも知れないのだが……。

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2006年4月29日 (土)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・10

 私は、お洒落とは本当に無縁の人間であるが、最近やっと、どうやら香水というものには、アロマオイルの類とはまた別の「精神的なプラスの効果」があるみたいだな……と感じ始めている。無論、香りにもよるだろうが、朝、トワレを肌着に一吹きしておくと、半日ぐらいは自分自身で楽しめるし、何となく気分も良いということが、遅まきながら判って来た。これまでは何故か、外に出る時に香水の類をつけるのは、どちらかと言うと自分の為より周囲の為であるような感覚があったのである。
 さて、各方面から情報を戴いたお蔭で、やっと復刻版 "バラ・ベルサイユ" (ジャン・デプレ)のオー・ド・トワレを手に入れることが出来た。心おきなくシュッと吹き付けられる贅沢と共に、特別な思い入れのある本物の香りを久し振りに味わっているのだが、私のような素人の鼻にも、「やっぱり、違う……」と感じられるものが確かにある。深みと言うか奥行きと言うか味わいと言うか……とにかく、まず嗅覚に触れた後、すうっと自然に、かつ豊かな潤いと満足感を携えながら心の方にもしみ込んで来る……とでも言えそうな感じである。もう随分と以前に、とある雑貨店で紛い物の "バラ・ベルサイユ" を見つけて、「本物とはどんな風に違うんだろう?」という興味だけで買い、当然ながら結局好きになれず、使わないまま蒸発させてしまったことがあるが、今、その香りを思い起こしてみても、矢張り、似せてはあっても、深み、奥行き、味わい、といった辺りが既に決定的に違っていたことを再認識出来る。
 最近、この香水が90年代に製造中止になったのは、会社が倒産したからだと聞いた。あくまで天然香料のみを使うことに拘り続けた職人気質が、経営の上では仇になったらしい。しかし、復刻版が出たと言うことは、再建が叶った証拠かも知れない。1961年にこの香水を創り出した時、ジャン・デプレ氏はまだ20歳であったと聞いている。と言うことは、1941年の生まれであるから、お元気であれば現在65歳。まだまだ現役で活躍して戴きたいし、この素晴らしい香りを伝説にすることなく、末長く伝え続けて戴きたいものである。
 まだまだ私には過ぎた香りかも知れないが、よそ行き用の特別に大切な香りとして、長く大切に使って行きたい……そんな風に思う。

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2006年4月28日 (金)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・9

 いつであったか、一時期、近場の高級ホテルでの宿泊を旅行代わりのレジャーとして楽しんでいた知人たちが、宿泊中の客室に招待してくれた時に聞いたのだが、最初に客室係のお姉さんの案内で室内に一歩に足を踏み入れた瞬間、得も言われず自然で良い香りに迎えられて、思わず「ほっ」と心くつろげるものを感じたのだと言う。どうやら彼女らのチェックイン前に、質の良い少量の「お香」が予め焚かれていたらしい。古くから伝わる香りの文化を、そんな風にさりげなく生かすなど、流石に洒落たおもてなしだと感じ入った。
 室内の匂いと言えば、檜や藺草の匂いも結構好きである。それで思い出したが、ある知人が「イグサの匂いが苦手」だと言ったのを、どういう訳か「イヴサンの匂い」と聞き違え、イヴ・サンローラン製の香水が苦手なのかな? と、ずっと誤解していたことがある。別の知人が略して「イヴサン」と読んでいたのを、ブランド名など殆ど判らない私がたまたま覚えていた為に起こった、情けなくも大笑いな間違いである。
 もう一つ、苦手な匂いを思い出した。タクシーやバスの車内に発生している、あの独特の嫌な匂いである。私の場合、漏れなく車酔いが誘発されてしまう。これに煙草や芳香剤の匂いが加わると更に良くない。サスペンス物の二時間枠ドラマで、定年間近いタクシーの運転手さんが、奥さんの勧めでずっと車内の匂い消しに重曹を使っていて、確かその重曹が事件解決の手掛かりの一つになる……というものがあったと記憶しているが、ああした車内の匂いには、芳香よりも矢張り消臭の方向で対処を考えて戴きたいものだと思う。
 そう言えば、少し前に知人から貰った「スメルキラー」という消臭用品は、相当に優れた能力を持っている。何でも、ドイツはゾーリンゲンの地にて、メルセデスやアウディの部品を製作しているジロンカという会社が、その技術力を駆使して作ったものだそうで、ステンレス円盤の表面に無数の溝が刻まれており、厚みの半分ほどを水に漬けて置いておくと、触媒作用で嫌な匂いを分解してくれるのだと言う。私が貰ったのは直径5cm厚さ1cmぐらいの型で、試しに玄関先に置いているのだが、これがなかなかに良い。車用や靴用の製品も発売されているということなので、タクシー会社やバス会社の皆さま方には、是非、こうした製品の全車導入を検討して戴きたいものである。

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2006年4月26日 (水)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・8

 香水に関するきちんとした知識は殆ど持たない私であるが、これまでに拾い読みしたり、教えて貰ったりした切れ切れの記憶を総動員して、拙い経験と思い合わせてみると……。
 まず、香水は濃度(賦香率)によって「パルファム」「オー・ド・パルファム」「オー・ド・トワレ」「オー・デ・コロン」の四種類に分かれ、必然的に香りの続く時間がそれぞれ異なって来る訳なのだが、「濃くなるほど高価になるなぁ……パルファムにはとても手が出ないなぁ……」という実感の方が強くて……我ながら、ちょっと情けない。
 調合されている複数の香料が、それぞれ香り立つまでの時間差(発散性の差違)によって変化する折々の香りを、時間の経過順に表わす「トップ・ノート」「ミドル・ノート」「ラスト・ノート(ベース・ノート)」という用語があるが、確かに「付けたて」の時と「中ほど」の時と「終わりがた」の時とでは、微妙に感じの異なる香りがしているみたいだということは、何となく解る気がする。但し、刻々と香りのグラデーションが描かれるような変化を一連の流れとして全て感じ取ることなどは、私のようなド素人の鼻ではとても出来ないから、「多分、ここらへんがミドル・ノートに当たる香りなんだろうなぁ……」と、ぼんやり想像しては一人で喜んでいる程度である。
 香水のつけ方に関しては、「脈打っている所につける」「直射日光の当たる部位にはつけない」「肌の弱い人は肌着につける」「石けんシャンプーと酸性リンスで洗髪した後、最後のすすぎ湯に一吹きして髪を浸す」といった方法を記憶している。また「パルファムは点、オー・ド・パルファムは線、オー・ド・トワレは面でつける」という使い方の例えも、「決してつけ過ぎないこと、自然に香らせる程度にすること」という香水使いの鉄則に沿った使い方を、覚えやすく言い表わしていて面白いと思う。
 「女性の数だけ香りがある」という表現も、何となく気に入っている。全く同じ香水でも、香料の香りと肌の匂いが混じり合うことで無限の香りが生まれ、誰一人として同じ香りを纏うことはない――という辺り、妙に「何か、良いなぁ……」と思えるものがある。
 香りに精通しておられる方々から見れば、まだまだ基本以前の知識の段階であろうとは思うのだが、現在、ぱっと思い起こすことが出来るのは、まずこの位の所である。

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2006年4月23日 (日)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・7

 最近納品された洋画DVD『ラヴェンダーの咲く庭で』(2004)のケースには、ラベンダーの香りをしみ込ませた濾紙が付いていた。映画を見ながら、香りも一緒に楽しんで貰おうということらしい。なかなかに洒落た企画だと感心したのだが、思えば、映画やドラマなどの映像作品に於いて、特に「香り」が印象に残った場面というものは、余り多く思い出すことが出来ない。目に見えない「香り」というものを音と映像だけで描き出すこと自体が、随分と難しいものなのであろうと思われる。
 洋画『アポロ13』(1995)の、煙草の煙が朦々と立ちこめるNASAの管制室や、『風と共に去りぬ』(1939)の、スカーレットがオー・デ・コロンでうがいをする場面などは、無意識に自分自身の経験からも連想したものか、実際に煙草やコロンの香りが漂って来るような気がしたのを覚えている。『Mr.BOO! インベーダー作戦』(1978)には、味覚・触覚・嗅覚にまでも訴え掛ける「感じるテレビ」なるものが登場していたが、映像作品の限界を巧みに茶化して笑いを導く面白い小道具として記憶している。
 邦画では、まず『オイディプスの刃』(1986)。全編がラベンダーの香りと花言葉の呪縛に絡め取られたような作品で、不可思議なカメラワークが特に印象的であったが、仕事帰りに行ったら門限に引っ掛かって途中までしか見られず、結末を知らないまま現在に至っている。『汚れた英雄』(1982)で、深紅のバラの花束がホテルの個室に数限りなく持ち込まれる場面では、「Fantastic !」と思わず呟くクリスティーンを包む濃いバラの香気が、銀幕から滲み出て来るように思えた。他には、『晴れ、ときどき殺人』(1984)で、倒れた香水瓶から琥珀色の香水がとくとく……と零れて行く場面。確かシャネルの何番かの瓶であったと思う。その、如何にも高価そうな香りが充満する中で起きる殺人。香りが殺意を喚起した――といった設定があったかどうかまでは覚えていないのだが……。
 観客に、音と映像から「香り」を感じさせる為には、矢張り、演技陣の相当な演技力と、煙や花や香水といった「香りの印象が強く、目に見えるもの」を映して見せることで、その香りを連想させることが最良の手段であるような気がする。映画館の中で香料を撒いたり、映像ソフトに香りの付録を付けることは、あくまで二次的な手段なのかも知れない。

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2006年4月20日 (木)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・6

 先日書いた、女性専用車両の凄まじい化粧品臭+αに気分が悪くなりかけた一件に対し、複数の知人から、自分はむしろ男性用整髪料の匂いの方が苦手だ――という意見を貰った。私の場合は、恐らく、いつも乗る車両の乗客の半数以上が中高生と女性であるお蔭でか、或いは、満員電車に乗る時には敢えて無香料かそれに近い整髪料を使うような良識ある男性が多いものか、今の所、特に悲惨な思いをしたことは無い。「朝から整髪料まるまる一瓶使って来た」ような御仁の真隣りや真後ろに、運悪く乗り合わせたことは何度かあるが、それでも、あの女性専用車両の「匂いの複合攻撃」に比べれば、まだ耐えられるものはあったと記憶している。いずれにしても、過ぎたるは及ばざるが如し、ということであろう。
 過ぎたるは……で、ある利用者のことを思い出した。彼女がカウンターに近づいて来ると、過剰気味に振り掛けた香水の匂いが強く漂って来ることでちょっと有名であった。それは、以前サンビオラで買った菫の香水によく似て、更に桃かマンゴーでも足したような匂いで、もっとあっさりとした使い方であれば、なかなかに可愛いらしく品のある香りであるのだろうと思えたのであるが……その圧倒的な濃さたるや、もう、パルファムをコロン感覚で全身に吹きつけて来たのではないかと思える感じであった。
 そうして、忘れられないのは、彼女が冬休みの長期貸出で借りていた図書を返却して来た時のことである。その日は、彼女の退館後も妙に残り香がしつこく漂い残っており、不思議に思った皆が、まさか……と、返却されて来た図書を調べてみると……何と、その図書にまで、彼女の全身から立ち上るのと同じ香水の匂いが染みついていたのである。皆、ページをぱらぱら繰りつつ移り香を確認して回し、思わず大爆笑してしまった。多分、随分と熱心に読んでくれた結果であろうとは思われたのであるが、返却資料用のブックトラックに暫く置いている間も、その移り香はしつこく消えなかった。
 もう、とうに書架に戻したし、どの本であったかも覚えていないが、もしかすると、今もなお書架のどこかで匂い続けているかも知れない。汚損や破損や紛失に比べれば、まだ良しとしなければならないのではあろうが……しかし、その図書の界隈に棲息する図書館きのこらにとっては、何とも慣れない奇妙な経験であろう。

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2006年4月13日 (木)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・5

 私と香水の類との最初の出会いは、多分、小さい頃に母親の鏡台で遊んでいた時であったと思う。小瓶の「ミス・ディオール」は何となく気に入ったのだが、コロンの「黒水仙」はさほどピンと来なかった。お土産に貰ったと言う「ディオリシモ」は、何故だか当時から余り好きになれなかったのだが、ずっと後になって、皇太子妃だったダイアナさんが使っていたことがある――と、どこかで読んで、少なからず衝撃を受けたのを覚えている。
 実は、恥ずかしながら私はこれまで、「愛用」と言える位の熱心さで香水の類を使ったことがない。「バラ・ベルサイユ」は、本当に特別な時だけにちまちまと使っていた程度だし、ネーミング惚れに過ぎない「イリス」は、買っただけで満足してしまったし、戴きものの「ラクリマ」は、瓶を眺めて原稿ネタを考えているうちに中身が蒸発してしまった。ロンドンで瓶の意匠に惚れて買った菫の香水は、無闇に粉っぽい香りが好きになれなくて使わず終い。信州の鈴蘭香水や、北海道のお土産で貰ったラベンダー香水などは、結構気に入って無くなるまで使ったが、宝塚のサンビオラで買った菫の香水は、使うのが妙に惜しくて「バラ・ベルサイユ」と似た運命を辿っている。
 大体、私は「粉っぽい感じ」(パウダリーと言うのだろうか?)や「甘ったる過ぎる感じ」(バニラエッセンスそのもののような無性にくどい甘さ)、「青臭い感じ」(強烈に若過ぎるグリーン系?)などが駄目なようである。無論、それらが巧みに調合されていれば大丈夫らしいのだが……。
 「香水とワインは人に贈るのが難しい」と聞いたことがあるが、確かに、これらほど人それぞれの好みが左右するものは、他には余り無いように思う。いつであったか、目一杯落ち込んでいた時に、知人が「気分が変わると言うから」と好意で吹きかけてくれたコロンが、運悪く私の苦手な部類の香りのもので……香りが精神に及ぼす影響というものが、どれほど侮れないものであるかを実感したことがあった。
 極めれば相当に奥の深いものであろうことは容易に想像出来るが、付き合うのがなかなかに難しいものであるように思われるのも確かである。それだけに、いつか「本当に好きな香り」に出会うことが出来たら……随分と幸せな気分になれるだろうな、と、ちょっと憧れてしまう。

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2006年4月11日 (火)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・4

 ちょっと前の雨の朝、出掛けにえらく手間取ってしまい、駅までダッシュしていつもの電車に駆け込むと、それが運悪く「女性専用車両」であった。女性専用車両の効用については色々と聞いているが、同時に、同性からの不評も極めて沢山耳にしている。特に多いのは、乗客の態度やマナーの余りの悪さに耐えられない――というものだが、私はその日、そうした問題以前に「充満する化粧品臭の攻撃」に、真剣にくらくら来て気分が悪くなりそうになった。途中の駅で乗り換えたお蔭で助かったようなもので、もしもあのまま乗り続けていたら、恐らく途中で立ち眩みか悪心に襲われていたことだろうと思われる。
 単品ではそれぞれに良い香りの香水でも、複数が無節操に混じり合うと実に凄まじいことになる。それに多数のヘアスプレーやらお白粉やら口紅やらの匂いも加わり、更に女子中高生の制服に使われている撥水加工薬剤か何かの匂いまでが合わさって、どろどろと渦を巻いて攻め寄せて来る感じ……とでも言えば良いだろうか。もう、目はちかちかするわ、鼻の奥はつんつんするわ、生唾は湧いて来そうになるわ……さんざんであった。高校の時、地理の先生が「父兄参観で何が苦手だと言って、教室後方に陣取られるお母様方のオーデコロンの匂いが、全部合わさって教壇の方に流れて来ることに尽きる」――と仰言ったことがあるが、あの女性専用車両の状態は、とてもその程度のものではなかった。
 どなたの本であったかは忘れてしまったが、せっかく気に入った高価な香水を使ってお洒落して出かける時に、他の複数の化粧品の匂いで、その香水の香りを台無しにしている人がいる、これはとてもお洒落とは言えない……といったことが書かれていて、ふむふむと納得した覚えがある。香水の香りを大切にしたいなら、他の化粧品は出来る限り無香料かそれに近いものを選ぶようにすべきだということなのだろう。
 尤も、私はずっとお化粧せずに過ごしている人間であるから、年に一度、狸に化かされに行くような極めて特別な時であっても、残り少ない「バラ・ベルサイユ」のコロンを、ダイヤの粒でも飾る気持ちで胸元に一吹きする程度である。そんな風だから、余計に他人様の化粧品の匂いに敏感になってしまうのかも知れないが……。
 ともかくも、ラッシュ時の女性専用車両にだけは、もう、二度と乗る勇気はない……。

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2006年3月20日 (月)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・3

 専門の調香師さんは別だが、我々素人が香りを間違いなく区別出来るのは、三種類が限度だと聞く。複数の香りを次々と試して行くと、嗅覚が次第に慣れて利きにくくなってしまうらしい。失敗しない香水選びの方法として、まず二種類の香りを試して好きな方を選び、更にもう一種類を試し、先に残った方と比べて好きな方を選ぶと良い――と、遙か昔にどこかで読んだ記憶もある。しかし、私の場合は、実際の香りを聞くよりも先に「名前から思い起こされるイメージに惚れて」欲しくなってしまうことの方が多いような気がする。そう言えば、勝沼ぶどうの丘のワイン・カーブで試飲をした時にも、百三十銘柄以上ある葡萄酒の中から、差し当たって試飲する規準の一つとして「ネーミングが気に入ったもの」を選ぶ、と決めたことがあるが、香水の場合にも通じるものがあるようである。
 で、最近入って来た情報によると、何と、 "スター・エンジェル" (ロマーネ)という香水があるらしい。ひょっとして、うちのシャーラちゃんのイメージに似た香りなのではないかとひどく気になる。更に、 "リリー・エンジェル" (ティエリー・ミュグレー)という香水もあるらしい。これまた、うちのリリーちゃんと殆ど同じ名前であるから随分と気になる。そうして今年、 "リス" (マリナ・ド・ブルボン)という香水が発売されたと言う。まさか、うちのクレアのイメージを彷彿とさせる香りなのでは……と無性に気になってならない。なお悪いことに、これが「百合の花弁をイメージした瓶に入った淡紫の香水」で、しかも発売日が何と「1月28日」らしいのである……。
 ここらへんで多分、ひつじの奴がしゃしゃり出て来て「ねぇねぇ、ぼくのは~?」と騒ぐものと思われるが、そこはもう「きみはラベンダー・オイルで我慢しときなさい」と突き放しておけば文句はあるまい。しかし、八頭身(やつみ)の場合はまた別である。以前、青い瓶に牡羊座の絵が付いた "ラクリマ" (フィンカ)という香水を知人に貰ったことはあるが、果たして、レミオンのイメージに近い実在の香水とは、一体どのようなものなのだろうか。矢張り、男性向けに開発された品の中に存在するのだろうか……。もしも「レミオン」だの「ムウ」だの「ラシェル」だのという名前を冠した香水が発売された日には……それこそ「お財布の敵」が、またぞろ増える結果になりそうな気がする……。

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2006年3月19日 (日)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・2

 何故、急に香水の話を書きたくなったかと言うと……多分、先週初めに "チェリー・ブロッサム" (ゲラン)という香水のキャンペーンがあって、通りすがりにこの香りを付けた桜の形の小さいカードを貰い、その香りが結構気に入ったからではないかと思われる。
 前回書いた "バラ・ベルサイユ" (ジャン・デプレ)以外には、主に菫や鈴蘭やラベンダーなどの香水に親しんで来た私であるが、それらの他にもう一つだけ、思い切って奮発したオー・ド・トワレがある。確か、日本発売が1999年10月19日であったように記憶している(会報に書いた覚えがある)のだが、 "イリス" (エルメス)である。天然香料のみを使って菖蒲の香りを再現したものだと解説されていたように思う。カレのカタログ(カタログだけはたまに貰いに行く私……)を貰いに行った時、丁度、発売記念のキャンペーン中で、香りを染みこませたリボン(あの、ブランド名の入った茶色のリボンである)を手首に結んでくれる洒落たサービスがあったのだが、何より「イーリス大叔母ちゃまの名前」と似ていることに妙に魅かれて、一旦は自重したものの、最終的には買ってしまった。で、急な来客が決まった某日、父に「何か、オーデコロンみたいなモン持ってないか?」と聞かれ、応接間にでも撒くのかと思って「高いやつやから、大事に使こてや」とこれを貸したのだが……後で聞くと、何と、ぎりぎりに玄関近くで見つかった「野良猫の落とし物」を急遽始末した跡の臭い消しに使ったものの、結果は凄まじいことになったらしい……。
 しかし、これだけではない。エルメスの香水には、他にももう一つ謝らなければならないことがある。名前は忘れてしまったが、確かクリスマス前に発売された香水で、赤い瓶が印象的な品を、これも店頭のキャンペーンで試させて貰ったことがある。甘くてどこか懐かしい温かみのある香りで、なかなか好印象を持ったのだが、お店を出てから妙に「何か」が気になり始め、同行の知人に「何かの匂いに似てる気がする。絶対、どこかで会ってる」と洩らしつつ、あれでもないこれでもないと思い巡らせた挙句、辿り着いた答えは――「天花粉やっ!!」……。知人も「ああ……!」と納得はしてくれたのだが……。
 ――我家の住人と有名ブランドとの関係の有様は、こと香水に関しても、こうした挿話で如実に物語られているのである……。

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2006年3月18日 (土)

香りの宝石をめぐる寝言のような思い入れのお話・1

 数ある香水の中で、昔から特に思い入れの深いものが一つある。 "バラ・ベルサイユ(ベルサイユの舞踏会)" (ジャン・デプレ)である。最初に発表されたのは1961年だと言うことだが、植田紳爾先生は『ベルサイユのばら―アンドレとオスカル―』(1975年)の舞台で同名の主題歌(無論、「bal」ではなく「薔薇」の意味であったが)を使っておられたし、池田理代子さんは『ベルサイユのばら』の「外伝・黒衣の伯爵夫人」(1974年)の中で(これも無論、お遊びとしてではあるが)この香水の名前を登場させておられる。
 後にも先にも一度だけ行った海外旅行の際に、パリの免税店で初めて購入したのだが、確か、一番小さい瓶で三千円ほどしたように記憶している。自分の分と伯母へのお土産として、奮発して二本買った。どんな香りなのかも知らず、単に名前に惚れて買っただけであったが、生まれて初めて手にした本物の香水であり、その印象は極めて深いものとなった。翌年、伯母が亡くなった時、その棺に、スペインで買ったレースの肩掛けやレース扇と一緒に、殆ど使われていなかったこの小瓶を納めた。後から考えれば、蓋を開けて全身に振り撒いてあげれば良かったのだが、当時はそこまで頭が回らなかったのが悔やまれる。地元の小さな輸入雑貨店で、アトマイザーに入ったオー・デ・コロンを見つけて買ったのは、それから暫くしてからであったが、30ml入りで千八百円くらいであったように思う。
 十年ほど前、大事に使い続けて来た香水もオー・デ・コロンも、もう残り少なくなって来てしまい、輸入香水や雑貨のお店を随分何軒も回って探してみたが、全く見つからない。製造中止になったらしい――と教えてくれたお店があり、世界的に有名な定番商品だと思い込んでいただけに随分と衝撃を受けた。最近になって、見慣れた貴婦人たちの絵柄が描かれたオー・ド・トワレの写真をネット上で見つけた。2001年に復刻版が出たのだと言う。慌てて輸入雑貨の店に走ったが、どこも「売切」「入荷未定」とのことであった。通販を依頼してみても、今の所は「品切」との回答ばかりである……。
 差し当たって今は、小瓶の中で半分以下になってしまった "バラ・ベルサイユ" を、一雫ずつ惜しみ楽しみながら、プレトリウスの「テルプシコーレ」を聞く――これが何よりの心の贅沢となっている。

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2005年5月 3日 (火)

憧れのひまわりパラソル

 ずっと欲しかった「ひまわりパラソル」を、先日やっと手に入れることが出来た。白地に大柄の向日葵の花がプリントされた日傘で、嬉しいことに晴雨兼用である。
 『あぶない化粧品』シリーズとの出会い以来、日焼け対策には専ら日傘を使うことにしており、本数は割合持っているのだが、晴雨兼用の長傘が一本欲しい……と、長いこと思っていた。知人が「かんかん照りの日に使う日傘は、折り畳み式より長いものの方が良い。いちいち鞄から出して差す面倒がなく、こまめに広げて使うことになるから」と言うのを聞いて、単純に欲しくなっただけなのだが、どうせ買うなら好きな色柄のものを……と探し続けて早や数年。なかなかこれと言うものに出会えないまま来てしまった。長い日傘は、祖父に買って貰った白い布レースのものを一本持っているが、これは晴天専用なので、次にもう一本買う時には「長傘・晴雨兼用・白地にひまわり柄か薄紫のもの」と決めていた。因みに、折り畳み式の日傘は、薄紫の布レースのものと、紫と橙の小花模様が入った晴雨兼用のものを愛用している。他にも何種類か使ったが、雨傘と違って夏場は殆ど毎日使用するものなので、骨や柄に傷みが出たり布地が黒ずんで来たりするのが割合に早く、結構頻繁に買い替える羽目になった。日傘はある意味で消耗品と考えた方が良いかも知れない。
 さて、先週の土曜日、ちょうど日傘を忘れて出掛けてしまったので、途中で百貨店に入って物色してみた。母の日が近いせいか、薄紫でも小豆色に近い地味な色合いのものが殆ど。諦めて売場を離れた直後、専門店の店先に、ひまわり模様の日傘を見つけてしまった。まだ若い店員さんが気軽に開いて見せてくれる、その態度も非常に好感が持てて、割合良いお値段でもあったのだが、長い間探していたものだし、必要に迫られてもいるし(事実、あの日は暑かった)、これはひつじが「ねぇねぇ、買えば~?」と言っているのかも……と、思い切って買ってしまった。ひまわり模様には妙に心を明るくしてくれる力があり、柄もゴールドで何とも気分が良い。とても気に入って、その日は一日差して歩いた。
 しかし、翌日、たまたま行った最寄りのスーパーで、全く同じ品が千円以上安く出ているのを見つけて、がくっ……。まぁ、今回は、十分に「衝動買いの満足」が味わえたし、買い物自体も楽しかったので、良しとすることにしている。

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