2009年11月22日 (日)

MIQさんに、よたび、心からの感謝を込めて……

 昨日21日、MIQさんの第四回大阪ソロ・ライブ“MIQueen Vol.4”に参加して来た。会場はこれまでと同じく、老松通りの「えでぃさんの店」である。
 今回、濃紫のドレスにうすむらさきのファーのボレロという、かなり「頑張った」格好で行ったら……何と、MIQさんの前半のお衣装が、紫のベロア生地にラインストーンが華やかに品よく散りばめられたドレスであった。(本当に、紫の似合う方である)
 さて、今回もまた、とにかく「素晴らしい」の一言に尽きるステージであったのであるが、特筆すべきは何と言っても、この音楽的素養や好みの偏り切った私が「知っている曲」ばかりが選曲されていたということであろう。
 まず、オープニングは「ああ無情」、続いて「This Masquerade」、更にフュージョンの「Night Birds」――早くも店主のえでぃさん(今回、何と5曲も特出!!)も加わり、キーボードの増田泉さんと共に、演奏部分をたっぷりと担当。そうして、ヴォーカル部分は勿論MIQさん……こんな贅沢な「Night Birds」は、恐らく他に類を見ないのではないだろうか。更に、ショパンの「ノクターン」に日本語歌詞を付けた「カンパニュラの恋」、そうして何と、あの「炎のたからもの」を超スローバージョンと洋楽風のアレンジを加えたテンポアップバージョンとでご披露下さった。前半ラストは「Venus」で大盛り上がりのうちに終了。
 続く後半は、冒頭が「貝殻節」――流石は鳥取県観光大使でいらっしゃる。実に洒落たアレンジが施され、とても民謡とは思えない(まるで、渡辺武雄先生の舞台を見ているような)印象の一曲であった。続いて、待ちに待った「人間の証明のテーマ」、そうして、再びの「わすれ草」は、日本語歌詞と英語歌詞の両方で熱唱。このライブのテーマ曲「Just the Two of Us」に続き、これまた私が勝手に3番目のテーマ曲のように感じている「Riding High」、ラストはあの「Dancing Queen」――実にバラエティに富むラインナップは、更にアンコールの「あの日にかえりたい」、そうして「哀戦士」で幕。いつも以上に「あっという間」に過ぎ去った感のある、至福のひとときであった。
 プロデューサー氏が告知文に書いておられた「より音楽性に変化を富ませ重厚さを増すだけでなく、更にその裾野を広げて未踏破の音楽ジャンルにも果敢に挑戦」とは、こういうことであったのだと、改めて実感した思いである。

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2009年11月14日 (土)

気がつけば500回目のモノローグ……

 最近、下書き段階(必ず一太郎で下書きして文字数を調整してからアップしている)で止まってしまうことが多く、これまで以上に「さぼり、さぼり」状態になってしまっているこの雑記が、今回でとうとう500回目を数える。
 思えば、2004年の8月19日から細々と書き始め、12回目に当たる10月1日の分からは「一回千字」と決めて書いて来たから――単純計算すると1,000字×(500回-12回)=488,000字以上は書いたことになる。
 随分と以前、比嘉正子氏の『女声:書きも書いたり100万字』(関西主婦連合会/刊)という図書を書誌入力したことがあるが、字数から言えば、5年と3ヶ月ほどで、その10分の1近くをこの「日々是筆事」で書いたのだなぁ……と、ちょっとしみじみ感じている。
 少し前に、やっと「カテゴリー分け」を果たし、お読み下さった方から「過去の分が探しやすくなりました」というご感想を戴くことが出来た。因みに、現時点でカテゴリーは15あり、「☆日々是筆事 (各種雑記)☆」「☆一行小筆事 (一言メモ)☆」「☆ひつじ☆ in 筆事」「塩沢さんをめぐるひとりごと in 筆事」「MIQさんをめぐるひとりごと in 筆事」「声優界&アニメ界をめぐるひとりごと in 筆事」「宝塚&舞台をめぐるひとりごと in 筆事」「装いをめぐるひとりごと in 筆事」「「星の実」&創作のこと in 筆事」「携帯&パソコン&ネット in 筆事」「旅すること&訪ねること in 筆事」「食べること&お料理 in 筆事」「萬星拾遺 (書籍) in 筆事 (Review)」「萬星拾遺 (映像) in 筆事 (Review)」「萬星拾遺 (音楽) in 筆事 (Review)」――と、なっている。
 300回目の時にも書いたが、継続は力なりという言葉を引用するならば、私の場合は、「継続させる力を下さった方々がいて下さった」ことで、書く「力」を得て、続けることが出来たのだと思う。例え、日記代わりの他愛ない雑記であっても、読んで下さる方があると思って書くのと、そうでないのとでは随分と違う。張り合いと言うか、励みと言うか、一種の受け狙いを考える楽しみと言うか、そういったものが非常に大切であると実感する。
 本当に、そうした力を下さった皆さま方には、心からの感謝を申し上げたい。そうして、このような自己満足の雑記ではあるけれども、何とぞこれからも、細く長くお付き合いを戴きたく思う。
 どうぞ皆さま、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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2009年11月 8日 (日)

ラベンダーに思うことなど・後

 一時期、和名がちょっと物足りなかったりピンと来なかったりする花に、素人の感覚で適当な名前を勝手に付けて楽しんでいたことがあった。その頃、ヘリオトロープには「匂紫」、ライラックには「紫端集」「紫丁香花」、といった、如何にもそれらしい和名が付いているのに、ラベンダーの和名にはなかなか行き当たることが出来なかったので、それならばと、無い知恵と乏しい語彙を総動員して、あれこれ考えたのを思い出す。
 「香紫(かおりむらさき)」「夢紫(ゆめむらさき)」「紫香草(しこうそう)」「紫風草(しふうそう)」「紫薫草(しくんそう)」「紫風香(しふうこう)」「清紫香(せいしこう)」――色々と思いつくまま書き留めてはみたが、結局、これ!というものに決められないままであった。(余談:故に、まだイーリス叔母さまの台詞にも登場していない……)
 所で、ラベンダーにまつわる、私個人のちょっと変わった挿話(エピソード)が一つある。一言で言えば「劇場で見たのに未だ結末を知らない映画」の話である。
 それは、赤江瀑氏原作の『オイディプスの刃』(1986/東宝)で、同行の高沢サンの仕事の都合で最終上映回しか見ることが出来ず、それだと当時の門限に引っ掛かってしまう為に、途中まで見た時点で映画館を抜けなければならなかったのである。途中まで見ただけではあるが、これは「ラベンダーの花言葉と香りの呪縛に全編を絡め取られたような作品」であるように思われた。
 元来、私は「ネタバレ」(この言葉も好きではないが)ということに大して神経質ではなく、内容や結末に関しては、知らないなら知らないなりに、知っていれば知っているなりに、それぞれ楽しみたい――という呑気な奴なのであるが、この作品に関しては、後日、高沢サンが「五月みどりさんが物凄い重要な役やねん、とだけ言うとく」と、十分に配慮して教えてくれた上、原作小説の文庫本を譲ってくれたにも関わらず、何だか結末を知るのが「勿体ない」ような「惜しい」ような気がして全く読むことが出来ず、更に、それから随分と経過してから、今度こそはと思い切って購入したDVDさえ、まだ再生出来ないまま、今日まで来ている。悲劇的な結末であろうことは何となく想像がつくのであるが――まぁ、一作ぐらいはこういう「結末を知らない映画」があっても良いかなぁ……何て思っている。
 今、ラベンダーに対して思うことは、まずこんな所であろうか。

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2009年11月 7日 (土)

ラベンダーに思うことなど・前

 アロマテラピーの講座に参加して以来、これまで以上に親しみ深く感じている“ラベンダー”であるが、私がこの花の名前を最初に覚えたのは、実は、ライオンの「エメロンシャンプー」と、NHK少年ドラマシリーズの『タイムトラベラー』であった。
 記憶を辿ると、「エメロンシャンプー」は、当時、ジャスミンの香りとラベンダーの香りの2種類が発売されており、我家では専らピンク色の「ジャスミン」が使われていたが、時折、そちらが品切れの時などに淡紫の「ラベンダー」が買われることもあり、そうした意味も合わせて、漠然と「珍しい香り」であるような印象は持っていた。もう、実際にどんな香りであったかは忘れてしまったが……。(しかし、幼い頃の記憶というのは恐いもので、私は長い間、ジャスミンと言う花はピンク色なのだろうと勝手に想像していた……)
 また『タイムトラベラー』では、時間跳躍の能力を得ることの出来る秘薬の原料として登場する非常に珍しい花で、主人公の女子高校生と関わる未来人の少年は、この秘薬を使って過去(つまり、現在)に時間旅行して来たものの、帰りの分の秘薬を持参し忘れた為、これを自分の手で作って未来に帰るべく、温室でラベンダーを栽培している家庭に高校生の息子として入り込み(両親に当たる人々には、一時的に記憶操作を施したのだったか……)、その花を使って秘かに高校の理科室で秘薬作りを行っていた――と、記憶している。
 エメロンシャンプーの発売が1965年、筒井康隆氏の原作が書かれたのが1967年、だそうなので、1976年にファーム富田のラベンダー畑が国鉄のカレンダーで一躍有名になったり、80年代に日本でアロマテラピーが紹介されたりするよりも、かなり以前のことになる。
 初めて実物に触れたのは、北海道旅行で士別を訪れた時であった。(確か、富良野のラベンダーは刈り取り時期が終わったばかりであったように思う) 士別めん羊牧場の傾斜地に植えられたラベンダーが、丁度、刈り取りの真っ最中で、さやさやと斜面を吹き下りてくる風が、仄かに含むその香りが実に心地良いもので、すっかり魅了されてしまった。
 その時の香りが、仄かであったとは言え本当に素敵なものであった為か、後に乾燥させた花や本物の精油(エッセンシャル・オイル)を手にするまでは、ラベンダー香水にしろ、種々のアロマ製品にしろ、何だか「どこか」違う気がして仕方なかったことを覚えている。

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2009年10月31日 (土)

余りにお手軽過ぎる、今年のうちの館のハロウィンのこと

 万聖節である。
 昨今は、お月見とクリスマスの中間に存在する貴重な行事として、お菓子業界を筆頭に結構PRされ、随分と知名度もアップして来ているが、まだまだピンと来ない部分もある。
 後にも先にもただ一度、私が小さい子たちの「Trick or Treat!!」の声を耳にしたのは、カトリック系の学校の図書館に派遣されていた時であった。中学部・高等部共通の図書館で、10月31日だということもすっかり忘れ果てて入力作業をしていた所、午後の3時過ぎくらいであったか、思い思いに仮装を凝らした小学部の子どもたちが、実に楽しげに「Trick or Treat!!」と、やって来た。館の責任者でいらっしゃった方が、はっとして「ごめん!すっかり忘れてた。お菓子、ご用意してないの。ごめんね。また来年ね」と優しく謝られると、一団は別に「悪戯」もせずに去って行った。しまったなぁ。例え飴の一個ずつでも用意しておけば良かったなぁ……と、内心反省していると、館の方々も同じことを口にして残念がっておられた。宗教を抜きにしても、行事を口実に、大人と子どもの間で「ちょっとした非日常のコミュニケーション」を図れる良い機会であったかも知れないのに……。翌年の作業は短大部の図書館に移ったので、流石に小学部の子らはやって来なかった。
 さて、宗教とも何ら関わりないうちの館のハロウィンはと言えば……。例年は、利用者に季節感を感じて貰うべく、半月ほど前から寄せ集めのハロウィン小物(魔女姿のペコちゃん人形とか、かぼちゃ型の飴の容器とか)をカウンターに飾る程度なのであるが、今年はそれに加えて、特に館員全員に「キャンディの詰め合わせ」を振る舞った――と言えば聞こえは良いが、何のことはない。給湯室に余り返る「飴ちゃん」群を掻き集め、これを館員の頭数で割ってジッパー付きの小さいポリ袋に詰め、ハロウィン柄のシールを切り分けて中に入れ、「一人一個ノルマ!!」と、半ば押しつけ気味に配り歩いたのである。
 元はと言えば、皆が「ミルキーのメロン味が出ました!」「リラックマの喉飴があったよ~」「北海道のハッカ飴買って来た☆」――等と、袋ごと給湯室に置いては「自由に食べてね~」を繰り返すもので、やがて――賞味期限直前の飴が相当量、貯まることになるのを、何とか食べられるうちに……と考えた、苦肉の処理策である。「そんなことに利用するな~」と、西洋お化けらに怒られそうな所業であった……。

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2009年10月27日 (火)

舞台鑑賞時の声援に関する私感など

 先日、久し振りにミュージカルの舞台を観る機会を得た。実に明るくテンポよく展開する翻訳ミュージカルで、作品そのものについては、多少気になる点もあったものの、個人的採点では100点満点で十二分に120点と、非常に満足度の高い舞台であった。
 ただ、作品とは離れた所で非常に衝撃を受けたのは、ちょっと信じ難いばかりの客席の声援――「手拍子」と「スタンディング・オベーション」であった。
 私の拙い観劇経験では、客席全てが思わず立ち上がって喝采してしまうようなことは、まず滅多に起こらなかった。自然発生的なフィナーレの手拍子にしても、宝塚に通っていた8年余りの間で、たった2回遭遇出来ただけである。客席全てが舞台から受けた感激を通して一体になること、更に舞台と客席が一体になること、そうした公演にたまたま行き当たれること――というのは、まず奇跡に近い確率でしか発生しなかったし、滅多に起こらないからこそ、価値があることなのだ……と理解していた。
 今回の作品は仕上がりは、確かに素晴らしかった。しかし、だからと言って、それが「手拍子」や「スタンディング・オベーション」に十分値する、奇跡的な大感動を呼び起こす程のものであったとまでは、正直言い難い。
 ある時期から、宝塚大劇場でも、作品の性質や出来不出来に関わりなく、フィナーレのパレード時に否応なく「手拍子」が起こる悪習(私には悪習に思える)が始まったが、あのような「お手軽一体感体験法」とでも呼べそうなお約束――舞台の仕上がりの良し悪しを抜きにして、とにかく毎公演、必ず「手拍子」や「スタンディング・オベーション」を行う、ということが習慣のようになってしまうと、「滅多にないこと」の価値が格段に下がってしまう気がするし、何より、役者さんやスタッフさんらが変に勘違いしてしまわれないだろうかと心配である。
 あくまで素人の考えではあるが、「手拍子」や「スタンディング・オベーション」の類は「余程のことがない限り、やってはいけないこと」位に理解し、「今こそ、この感動はスタンディングして表現すべき時だ!!」という時にのみ、盛大に行うべきものなのではないだろうか。
 ああしたことが、万が一にも観劇時の「事実上の基準」となってしまったら、本当に奇跡的な大感動に遭遇した時、一体どういう態度で表現すれば良いのだろうか……。
 声援の基本は、まず「拍手」のみで十分であるように思う。

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2009年10月19日 (月)

最近流行の名前の読みについて思うこと・追記3

 外国人名に漢字を当てた名前でも、芸名や筆名などの中には、心ひかれる例が色々とある。「蔵人知有」さん、「春遍雀來」さん、「ラモス瑠偉」さんなどは、そのお名前から、日本や日本語に対する深い理解や親愛の情が自然と窺える気がして、見ただけで心地良い。昨日挙げた「江戸川乱歩」にしても、或いは「益田喜頓」さんなども、本当に「うまく付けてあるなぁ……」と感心してしまう。素直に読めて、記憶にも残りやすく、とても良い命名であると思う。
 反対に、平仮名の名前であっても、読み方を悩んでしまう場合もある。「わかぎゑふ」さんなど、お名前を「ヨウ」と読むのか「エフ」と読むのか、恥ずかしながら随分長い間、秘かに悩み続けていた。旧仮名を含むお名前をどう発音するのが正しいのか、字を見ただけではすぐに判断出来なかったからである。(最近、『小説リトル・チャロ』の発注入力時に確認する機会があり、やっと「エフ」であることを知った)
 所で、一昨年くらいにDVDが納品された原作付きの邦画で、主人公の名前を「月」と書いて「らいと」と読ませているものがあった。これなど、それこそ「知らなければ絶対に正しく読めそうにない名前」である。創作世界の登場人物であるから、それはそれで魅力になるのかも知れないし、礼人や頼登や来斗では駄目な何らかの理由があっての命名でもあろうが、しかし、果たして現実社会に於いても、そうした命名(読ませ方)が通用するものであろうか。
 普通、「月」と言う漢字を見て、まず浮かぶ読み方は、「つき」「げつ」「がつ」などであるだろうし、それが人名である場合には、「“つき”ちゃん、かな?」位に想像するのが自然ではないだろうか。これに外国語を当てて「むーん」「るな」「せれね」「ゆえ」のように読ませるのも相当に無理があるが、増して「らいと」となると――「光」や「明」や「軽」を「らいと」と読ませるよりも、遙かに難しいことになるだろう。そのような読み方を強いられた相手が、果たして、何のストレスも引っ掛かりも抱くことなく、その名前を受け入れることが出来るものだろうか……。
 我が子の名前は、深い愛情や祈りを込めて、考え抜き選び抜いて当然であると思うが、それに加えて「その名前を一生背負って生きて行く我が子」の姿をじっくりと思い描き、その上で、字も響きも意味あいも素晴らしい「良い名前」を付けることが、矢張り大切なのではないだろうか。

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2009年10月18日 (日)

最近流行の名前の読みについて思うこと・追記2

 昨日、産経新聞の投書欄に、「願いのこもった名前に感謝」と題する文が掲載された。これも、先月23日に掲載された歯科医氏の「難読名前は子供に迷惑では」に対する反論で、歯科医氏のお母様(訓子(のりこ)さん)と同名の元教師の方が、「将来、教師として立派な人間になるように」との願いを込めて名付けて下さったお父様への感謝や、命名者の愛情が凝縮された名前が自らにとっての宝物である……といった思いを綴っておられ、非常に共感出来る内容であった。
 しかし、ここでもまた、5日に掲載された中学生の「馥」さんの「自分の名前に自信をもとう」と同様、恐らくはあの歯科医氏が想像しておられなかったであろう多少の誤解があるのではないか……と感じてしまった。矢張り、医療の現場におられる歯科医氏が、患者さんの個人情報である「難読名前の実例」を特に挙げておられなかったことで、意図とは異なる受け止め方をされてしまったのでは……という気がする。
 多分――あの歯科医氏が仰言りたかった“外国人名に漢字を当てたもの、こじつけめいたもの、「どう考えてもこうは読めないだろう」と首をかしげたくなる読ませ方のもの”の実例を想像するならば、恐らくは「塁主(ルイス)」「美々杏(ビビアン)」「貴亜縫(キアヌ)」「明有里(メアリ)」「飛翔(かける)」「煌輝(ひかる)」「百合子(りりす)」「聖夜(のえる)」「宇宙(こすも)」「月(るな)」「太陽(そる)」「疾風(げいる)」――のような、まるで「どう読むのか当てたら偉い」とでも言われているかのような「難しい読み方を相手に強いる」ものであったのでは……と思われる。
 無論、外国人名に漢字を当てたものでも、例えば森鴎外が子らに名付けた「於菟」「茉莉」「杏奴」「不律」「類」などは、命名者の願いも推し量れ、読む側の立場にも立った良い名前であると思うし、江戸川乱歩という筆名なども、語呂合わせの洒落っ気と同時に、同分野の作品を書いた海外の大先輩に対する、深い敬愛や追想の気分も感じられて「うまく付けたなぁ……」と心地良い。
 しかし、難読名前を批判された歯科医氏や、それに反論された「馥」さん「訓子」さんや、その命名者であられる方々の、「名前」に対する真摯な思いと、我が子に「宇宙(こすも)くん」「月(るな)ちゃん」と名付け、周囲にそう読ませて満足しているその親たちの思いとは、根本的な部分に違いがある気がしてならない。

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2009年10月15日 (木)

横澤英雄先生の訃報に思うこと

 今朝の産経新聞の訃報欄で、横澤英雄先生のご逝去を知った。13日に肺炎で亡くなられたとのこと。79歳でいらしたという。
 最後にお名前を拝見したのは、一昨年くらいであったか、南座のOSKの公演で構成・演出を担当されるという記事を読んだ時であった。長く宝塚から離れてしまっている間に、いつの間にか退団されて、OSKを始めとする他劇団でのお仕事をなさっておられた。
 在団中の横澤先生の作品では、『マイ・ラッキー・チャンス』(昭和53年3月月組)と、『仮面舞踏会』(昭和55年1月月組)を観ている。『マイ・ラッキー・チャンス』は、昨年の3月に亡くなられた渡辺武雄先生の『祭りファンタジー』との二本立てであった。主題歌の「マイ・ラッキー・チャンス」も、挿入歌の「涙の向うに」も、今でもちゃんと歌えるし、「涙の…」は振付まで覚えている。所謂「フィナーレの持ち物」を持たず、全員お揃いの「ワインカラーのギリシャ風ドレス」の飾り紐を巧みに使った振付が異色で新鮮なフィナーレであった。『仮面舞踏会』は柴田侑宏先生の『アンジェリク』との二本立てで、伯母と2度(11時公演と3時公演)、一人で1度、合計3度見た。いずれも、ひどく寒い日であった。ピンクの仮面の場面で、ミスターXの六変化を見せた榛名由梨さんが素晴らしかった。主題歌「花のパートナー」もしっかり覚えている。
 関西テレビの「ザ・タカラヅカ」で劇場中継を見たのは、『ザッツ・ファミリー』(昭和50年11月星組)と、『ハッピー・トゥモロー』(昭和51年10月星組)。殊に『ザッツ・ファミリー』では、メーテルリンクの『青い鳥』を題材にした場面で、核(生まれる前の子どもたち)が生まれた後の世界を夢みて歌う「生まれてみようかな」が印象深かった。海外公演で当時トップの鳳蘭さんが抜け、順みつきさんや浦路夏子さんらが頑張っておられたのを思い出す。
 やっと中古レコードを手に入れて聞くことが出来た『ボン・バランス』(昭和50年3月花組)の実況録音盤では、小川未明の『野ばら』を題材にした安奈淳さんの「野ばら」にいたく感激した。これも、今でも全て歌える。
 横澤先生の作品は、伝統的なレビューの様式にとらわれ過ぎず、かと言って奇抜さ斬新さに走り過ぎた難解な類のものでもなく、私の感覚では、華やかで気品に満ちて適度に新しくて親しみやすい楽しいものばかりであったように思う。
 心からご冥福をお祈りしたい。

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2009年10月12日 (月)

交ぜ書きと「子ども」の表記に関して思うことなど・後

 田辺聖子さんの著書で見た「オトナのすき焼き」は、日本酒をどくどく注いで辛口に仕上げるすき焼きで、「コドモのすき焼き」は、お砂糖たっぷりの日本酒控え目で仕上げる甘口のすき焼きのこと。田辺さんの造語なのだろうが、これなど「オトナ」「コドモ」と片仮名で書いておられる所に、如何にもそれっぽい雰囲気があるように思う。MIQさんの関西ソロ・ライブ“MIQueen”も、「大人のライブ」でも「おとなのライブ」でもなく「オトナのライブ」と銘打ち、統一しておられる所に、ライブの趣旨を伝える意味あいや、主催者氏のこだわりがあるのだろう。
 また「紳士服」「婦人服」「子供服」と書く時には、矢張り漢字で揃えて「子供服」と書きたいし、事務的に「子供向」「子供用」何て書く時にも、漢字の方がしっくり来る感じがする。坪田譲治の『風の中の子供』など、あの時代の日本の子らを取り巻いていた状況や環境までが、題名にある「子供」という漢字からも伝わって来るように思える。
 漢字ばかりだとちょっと厳めしいかなぁ、という感じの時は「子ども」と書きたいし、もっと柔らかい優しい感じにしたい時には「こども」と平仮名で書きたい。例えば「こどもえほんコーナー」のように。
 福音館の総合絵本の「こどものとも」も、見慣れていること以前に「子供の友」でも「コドモのとも」でも「子どものとも」でもいけない「何か」を、そこに感じる。きんさんぎんさんが題字を書かれたNHKの「週刊こどもニュース」もそうである。「週刊子供ニュース」でも「週刊子どもニュース」でも「週刊コドモニュース」でもピンと来ない。「こどもの日」も、そうである。
 気楽な欲ばり者の私は、「子ども」にせよ「大人」にせよ、他の言葉にせよ、時と場合と雰囲気と好みと、あと、前後の字や文との均衡や、座りなどで、色々な書き方を使い分けて楽しみたい気がする。
 ――そんな呑気なことを漠然と考えていたら、今朝の産経新聞の「新国語断想」で、塩原経央氏が「子ども」と「子供」では概念が違う、ということを明瞭に書いておられた。
 氏によると、小児または小児らを指すのが「子供」で、「子ども」は「子+複数を表す接尾語ども」を表す書き方であるとのこと。故に、「子ども」表記は「子供」よりもよほど「子供」を侮った書き方なのである――と。
 またも、目から鱗が複数枚、落ちた思いである……。

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